悲鳴
岡部淳太郎

その日の夕方
妻は花束を抱えて帰ってきた
赤 青 黄 白
色とりどりの花の群れ
寝室の棚の上に花瓶を置いて
妻は花をその中に挿した
赤 青 黄 白
色とりどりの花の群れ
部屋の中は美しい匂いで満たされた

食事を終えて入浴後
妻は読んでいた本から顔を上げると立ち上がった
そしていきなり寝室に行き
さっき挿したばかりの花を
その首の根元から切り始めた
赤 青 黄 白
色とりどりの花の群れ
それらは音もなく落ち
後にはくすんだ色の切り口だけが残った

何が妻をそのような行為に駆り立てたのか
ただ死の芳香が鼻先をくすぐった
切ってしまう
切られてしまった
それらの花の
悲鳴
が 聞こえたような気がした
震える空気の中に
挫折した花粉が舞い上がった

昔日の歴史の中で垣間見た
残酷な拷問のそれのようにたしかな
悲鳴
が 聞こえたような気がした
いったい何をするのか
妻の細い肩を揺さぶると
――花の首を切るのは、女の仕事よ。
そう言って 妻は微笑んだ
妻のこんなに妖しい微笑を見たのは
初めてのことだった

――花の首を切るのは、女の仕事よ。

夜の不確かな戒めが解かれた
暗い部屋の外でただひとつの星が輝いていた
私に出来ることはどこにあるのか
妻が私の方に振り向いて髪がなびいた
赤 青 黄 白
色とりどりの花の群れ
部屋の中は美しい匂いで満たされた
花の悲鳴の行方を探して
その夜 私たちは激しく愛し合った



(二〇〇五年八月)


自由詩 悲鳴 Copyright 岡部淳太郎 2005-09-01 23:43:18
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