僕は奈良公園で鹿の角をにぎっていた
Monk



僕は奈良公園で鹿の角をにぎっていた


同じころ

父は帰りの電車のつり革をにぎり
母はスーパーで安売りの大根をにぎり
妹はベッドの上で携帯電話をにぎっていた

隣の部屋の夫婦
妻は泣きながら胸元で包丁をにぎり
夫は必死に胸元でなべぶたをにぎっていた

指揮者は人生最後の指揮棒をにぎり
小説家は人生最後のペンをにぎり
操縦士は人生最後の操縦桿をにぎっていた

放課後
いじめっ子はあの子の左右のおさげをにぎり
おさげの子はスカートの両端をにぎっていた

出て行く女はハンドバックをにぎり
捨てられた男は出て行く女の足首をにぎり
宅配業者の老人がその部屋のドアノブをにぎっていた

海辺にて
ある男女は戸惑いながらもそっとお互いの手をにぎり
ある男女は固い決意のもとぎゅっとお互いの手をにぎっていた

自殺志願者は屋上の柵をにぎり
爆弾処理班は赤と青のコードをにぎり
大統領は国民の運命をにぎっていた

高校時代の同級生
出席番号5番のカノウ君は震える手で注射器をにぎり
出席番号28番のムラヤマさんはわりと太目のペニスをにぎっていた


僕が奈良公園で鹿の角をにぎっていたころ
様々な人が様々なものをにぎっていた
そしてその全てが適切な力加減で行われていた
ほんとうに驚くほどそれらは適切だったのだ



自由詩 僕は奈良公園で鹿の角をにぎっていた Copyright Monk 2005-08-25 01:05:16
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