花を差し出されたら
黙って口に含む
蜜を吸う
疑うという言葉は
知らないふりをしなくてはいけないルール
ねえ
毒って、甘いんだってね
*
追いかけられるのは嫌い
アクセルを強く踏む
バックミラーにしか映らないなら
見なければいいのに
*
考えすぎるのはもう止めようと思う
考えすぎるとわからなくなるから
意識的に
なにも考えずにいよう
意識して
まっしろでいるようにしよう
まっしろに
まっしろに
などとああ結局
考えすぎているではないか
見上げれば白いハナミズキ
何かを考えているようには見えないし
楽しげにさえ、見える
*
ボンネットに降り積もった
ハナミズキの花びらが
スピードを上げるたびに
フロントガラスを滑り上がって飛ぶ
あるいはワイパーのあたりで左右に飛ぶ
美しいといえば美しい光景だが
運転の邪魔といえば邪魔
見惚れながら不平を漏らしながら
結局今夜もハナミズキの下にまた停めるんだ
最後のひとひらを飛ばして
正気に返りアクセルを緩める時速95?
*
今年は桜もハナミズキも早かった
花の速度を憂う
すべてのものが高い所から低い所へと流れるならば
時が流れ着く場所はどこだろう
わからないことが多すぎる
こどもの頃から少しずつ降り積もっている
胸の中の疑問がすべてとける日なんてくるのだろうか
わからないままおとなになって
わからないまま死んでいくことがいくつか
お墓の下でも考えよう
ああまた考えすぎている
死にきれるだろうか、私は
*
ウインカーは早めに出す主義
私の行く手を邪魔する奴は許さない
*
花の色で、ない色はないらしい
黒い花も緑の花さえもあるという
ならば私は
誰の目からも映らない
透明な花になろう
もうなにも考えたくない
消えてしまいたい
そう願いながら
微かな香を放つ臆病な花
*
夾竹桃は花ごと落ちる
そういう方法もあることを知る
毒を持つゆえ毒には強い
夾竹桃の生き方に憧れもするし
寂しいとも思う
*
あのひとが目の前を通りかかる
私の気配に足を止め
あたりを見まわす
風を匂う
シャツについた花粉に
首を傾げる
しばらくそうしていて
あきらめて空を仰ぐ
私もつられて視線を追うと
アカシアが咲いていた
*
小学校までの登校道の坂道に
アカシアはいつも吹き溜まっていた気がする
私にとって、それがアカシアだった
足元しか見ていなかった
見上げればアカシアは咲いていたのに
うつむいて歩く癖にいまさら気がつく
大人になった今、車の窓からは
アカシアの白い群れが流れる
小さな虫の大群のようで恐い
うつむいて歩いていてよかったのだ
*
花の連鎖はどこで止まるのだろう
いつだって最後の桜
最後のハナミズキ
夾竹桃、アカシア、きりがない
その覚悟
花の速度を憂う
私の速度もまた
*
もう誰からも見えなくなったようだ
安心したし寂しかったし
そんな感情も見えはしない
だから泣いてみた
生まれて初めてのように貪って泣いた
すると頭を撫でられた
あのひとだけには私が見えるらしい
泣くのをやめると手は離れる
そう思ったから泣きつづけた
どうして私が見えるの
不思議だったので聞いてみた
あのひとはうつむいて答えた
「だって床が濡れているから」
床からはなにも咲かない
*
ワイパーって右だっけ
間違ってウインカーを出してしまったから
もう曲がらなくてはいけないわ
想像も出来ない未来を作っているのはいつだって自分だった
*
遠慮がちに小さく
クラクションを咲かせる
花言葉は
「わたしはここにいます」
ぷっぷー
私はここよ
ここにいるのよ
あなたはふりかえり
私の花をやさしく摘んだ
*
ブレーキを踏むのは
アクセルと同じ足
*
あなたが差し出した花を
黙って口に含む
蜜を吸う
想像以上の甘さに
言葉を忘れていることも
忘れていた
初出・同人詩誌『ソラミミ』創刊号