静寂からの呼び声 〜’02年 8月15日・終戦記念日〜
服部 剛

真夏の昼下がり
春日通かすがどおりを歩いていると
ふと右手に
「東京都民戦没者・慰霊の地」
と記された入口が静かに口を開いており
吸い込まれるように足を踏み入れた

頭上の青空に昇る太陽
風に揺れる緑の葉
時間ときの止まった清楚な広場に
木霊こだまする蝉の鳴き声


広場の隅に建つ資料館に入り 
灰色の壁に囲まれた階段を上る

無人の資料室の入口に置かれたノートには
戦後五十年を過ぎた今も
訪れる遺族の震える文字が刻まれている

室内の壁に立て掛けられた日の丸の旗には
息子が戦地へと向かう前日
両親が書いた激励の言葉が刻まれている

ガラスケースの中に並ぶ
召集令状
戦地から妻や子供に送った手紙
びたヘルメット
無数の小銭で作られた防弾チョッキ

赤茶けた写真に写る
戦地に散った軍服の若者のりんとした瞳

灰色の壁に囲まれた無人の資料室の中で
数々の遺品は水を打つ静けさの内に
沈黙の言葉を語りかけていた

僕は今まで知らなかった
五十年以上前に
引き裂かれ血にまみれた無数の命の悲鳴と引き換えに
築かれている戦後の平和な日々の暮らしがあることを

資料館を出て
無人の広場の中心に立ち
五十年以上前と変わらずに
木霊する蝉の鳴き声は
瞳を閉じると
過去へ吸い込まれるように消え・・・

真夜中の道の向こうから
隊列を組み行進する兵士達の
規則正しい足音が迫って来る

「君には・・・命が・・・あるじゃないか・・・」

かつて戦地に散った無数の魂の祈りは
行進の足音と共に繰り返され
遠き戦慄の日々から吹いてくる真夏の風に
木々の葉は揺れる

日常の些細な出来事で悩んでいた
戦争を知らない僕の胸の内に
たった一つの命はあふれ波立つ

両手を合わせ
背負いきれない沈黙の声を背後に
「東京都民戦没者・慰霊の地」を後にする

公園には夏休みの子供達

ひたむきに頂上を目指しジャングルジムを上っては
声をあげて滑り台を下っている

父と子が幸せそうにキャッチボールをしている 

ベンチに腰掛けて子供達のはしゃぎ声を聞いている
盲目の老人は じっと いつまでも みつめている
木々の葉が茂る向こうの青空の中へ飛翔し
翼を広げて消えてゆく一羽の白いはとを 








自由詩 静寂からの呼び声 〜’02年 8月15日・終戦記念日〜 Copyright 服部 剛 2005-08-15 23:48:28
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