野人の荒野
黒田康之

眼下には海の藍
振り返れば風が岩を離れ
大声で歌いだす荒野
アイスボックスから取り出したジンにレクストリームを数滴
緩やかな緑
車はあいつに借りたワゴンRで
今日は帰るつもりなどない
松の緑の匂いと
アブサンの香りと
誰もいない静寂
背骨ががたがたと軋むほどに酔って
私の頭から言葉がどんどんと消えてゆく
MDデッキにスピーカーをつけて
微かな音楽が波頭と風に対抗する
通りすがりに見た海岸の
女たちの豊かな胸には
もうじき夕刻のこの時間に
どんな言葉が溢れているのか
私は繰り返しジンを飲んで
蒸し暑い現実を生きている
そうして言葉は私の脳を離れ
密林を徘徊してゆく
ああもうすぐ夕焼けが来て
そうして夜が来る頃には
ここはそう野人の荒野
すべての言葉を
この岩々に
松の葉の一つ一つに
岩盤を伝い登る波頭の響きに投げ捨てて
置き換えて
ああ私は野人の荒野
助手席には向日葵の花を置いて
明日の夜明けのために
爛れた爛熟の肉欲のすべてを
その夜明けのためにささげて
向日葵よ
おまえを見つめ
おまえを撫で
おまえを食らおう
そのとき
私の投げ捨てた言葉は
高くこの土から
あの松から
岩から飛び立って
ああ焼かれてしまうのだろう
そうして
この深い酔いと闇が打ち果てるとき
私は野人としてふさわしい
野人の野に立つ
この願いをこめて火祭りとしてのタバコを点す
街はいつも整然として
私はその中に秘めたる野人として生きるために
こうして今ここに来ている
この波の砕ける音に
砕け散れ言葉よ
この風の押す力に
四散せよ言葉よ
ああ私は野人の荒野
怒りと歓喜と愛欲と恐れがいっぺんに
瞬時に私の中で勃興する
ああ私は野人の荒野
海にも松の林にも
岩にも夜明けにも対峙した
野人の荒野
私の体には
この緑の草の露と
明日の赤い陽の色が流れ
どんどんとむき出しになる無用の牙で
過去という過去を噛み砕き
霧散させる
ジンよ ジンよ
私はそう野人の荒野
果てのない血の色をした野人の荒野


自由詩 野人の荒野 Copyright 黒田康之 2005-08-14 02:09:58
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