地球の上をキスが回る
伊藤洋
地球の上をキスが回る
西サモアで、島の祭りに酔う恋人達が、夕闇にまぎれて初めてのキスをする頃
ブエノスアイレスの酒場では、疲れ果てた中年の男に、ウェイトレスがやさしいキスをし
セーヌ川のほとりで、恋人達が名残惜しそうに別れのキスをする頃
香港駅では、仕事に向かう若い夫婦が、さっと朝のキスをする
地球の上をキスが回る
アルメリアの幼稚園で、子供達がきつつきのようなキスをする頃
サンフランシスコの公園の木陰では、ゲイ達がむさぼるようなキスをし
サイフートで、帰宅したてのムスリムが寝ている子供にそっとキスをする頃
トルファンの朝市では、行商の夫婦がその日最初のキスをする
地球の上をキスがまわり、愛に灯がともる
ハイチの沖合いで、シュノーケルをはずした恋人達がひそかに海の中でキスをする頃
ヨハネスブルグの広場では、黒人の恋人達がベンチに座ってゆっくりとキスをし
リオのカーニバルで、人々が誰彼構わずキスをする頃
モガディシュの避難所では、ようやくおちあえた家族が嗚咽をあげながらキスをする
地球の上をキスがまわり、愛に灯がともる
ドーソンの町外れで、旅人がインディアンと別れのキスをする頃
ニューデリー空港では、10年ぶりに再会した親子が、涙ながらのキスをし
ヘルシンキのアパートで、妻を看取った夫がその唇に最後のキスをする頃
ニューヨークの病院では、生まれたばかりの赤ん坊に、父親が震えるようなキスをする
地球の上をキスが回り、愛に灯がともり、そして僕等の人生に光がさす
おはよう、おきて
朝だよ
愛してる