帰ってくる夏
岡部淳太郎

帰ってくるよ
夏が帰ってくるよ
この火で埋められた季節に
死者たちが帰ってくるよ



ただ白いだけの変な鳥がいます。暑い夏の日差しを受けて、きらきらとその翼が輝いています。飛んでいるというよりも舞っている、というような、あまりの頼りなさで、ただ白いだけの変な鳥なのですが、あまりにもその身体が薄いので、ただの紙切れのようにも見えてしまいます。飛んでいる、というよりも舞っている、のですが、あまりにも白すぎて太陽の光と同化してしまっているのですが、よく見てください。あれは私の弟です。私の生まれることのなかった弟なのです。よく眼をこらして、夏の日差しの眩しさに耐えて見通せばわかるでしょう。あれは私の、生まれてこなかった弟なのです。



この間、はじめて母から聞きました。私に生まれてくるはずだった弟がいたことを。生まれていないのに弟と決めつけるのもおかしなものですが、私の非論理的な直観に従うところによれば、それは絶対に弟でなければならないのです。だから、私はそれを弟であると信じているのですが、私には妹がいます。いえ、より正確に言えば、私には妹がいました。三十数年の長いようで短い時を、それぞれを世界での唯一の味方として、過ごしてきましたが、世界で唯一の兄妹だったのですが、妹はある時に生からふわりと旅立ってしまいました。何も残さない、あるいは多くのものを残しすぎての、ゆっくりと落ちてゆくような旅立ちでした。



いまはもういない妹と、生まれてこなかった弟のことを思い出して、やけに感傷的な夏になりました。いつも夏が来る度に、死者たちが帰ってくると言います。水に染まった死者と、渇きで喉が破れた死者と、それらの亡き者たちが、夏になると帰ってくると言います。ふるいしきたり、ささやかな信仰の一部であるのでしょう。ほら、見てください。私の弟が、生まれてこなかった私の弟が白い鳥になって、ふわふわと舞っています。その鳥の翼の周りで踊るようにきらきらと輝く光の結晶、夏の日差し生まれのその光は、もしかしたら、私の行ってしまった妹なのかもしれません。



帰ってくるよ
夏が帰ってくるよ
この火で埋められた季節に
死者たちが帰ってくるよ
夏は白くてどこまでも眩しいよ
帰ってくるよ
夏が帰ってくるよ
すべて白い
白すぎる夏だよ



(二〇〇五年八月)


自由詩 帰ってくる夏 Copyright 岡部淳太郎 2005-08-09 23:03:40
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散文詩