不幸の味
恋月 ぴの

不幸は甘い蜜の味がする。
だから一度でも
不幸を味わうと、その甘美さを忘れられず
毎夜毎夜、
幻覚に捕らわれてしまう。

自分の不幸は蜜の味。

不幸の一滴を口に含んでみる。
初めは、あまりの苦さに吐きそうになる。
けれど口の中で、転がすように
弄べば、
不思議な甘みが口一杯に広がって
淫らに涎を垂らす自分を覚える。

自分の不幸は蜜の味。

壊れた時計を肴に一人酒を呑むのも
引っ張り出した卒業アルバムに自分の姿を探すのも
不幸の味のなせる技。
片時も忘れたくはない。
片時も手元から離したくは無い。

自分の不幸は蜜の味。

僕の家の床下では
数百台もの換気扇がうなりをあげて
不幸の澱みを攪拌している。
僕は床下から不幸の一匙を掬い取り
誰にも気づかれぬよう
誰にも見られぬよう
密かに口に含んでは、不幸が五臓六腑に染み渡るままに
我が身を委ねている。

自分の不幸は蜜の味。

壊れていく自分が恋しくて、恋しくて
姿見の前に立てば
もう顔半分が既に崩れている。
涙で顔はくしゃくしゃで、不幸が僕を呼んでいる。


自由詩 不幸の味 Copyright 恋月 ぴの 2005-08-02 16:36:54
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