消失
岡部淳太郎

これは一種の実験的な作品です。筒井康隆の小説『残像に口紅を』をヒントに、章を追うごとに次第に言葉が消えてゆくような書き方をしました。まずルールとして、?消えた言葉(音)は以降の章では使用しない。?それまでに残っている言葉(音)はその章の中ですべて使用する。?残っている言葉(音)であればその章の中で何回使用しても構わない。というのを決めました。ここで使われている言葉(音)は日本語のあ行〜わ行のすべての文字とそれに「がぎぐげご」などの濁音、「ぱぴぷぺぽ」などの半濁音、「きゃきゅきょ」などの促音、それに「を」「ん」を加えた全75文字です。また、あ行の五文字は促音的な表記をされることもありますが、これは文字数の中にカウントしていません。前記のようなルールを決めてしまったため、多少堅苦しい表現や無理矢理な表現がありますが、そこは実験的な作品ということで御容赦ください。


(消失 一)消えゆく者への祈り

愛を知れ。
消えゆく者こそ、
理路整然と愛を語れ。
百億の言葉が費やされても、
氷河の時が過ぎ去っても、
微熱にさえ惑う心あれば、
決して愛を知ることはないだろう。
はるかペルシャの砂漠で、
ポリネシアの島々で、
愛を語り歩く者があったという。
あるいは蒙古のパオの中で、
ピリレイスの地図の中で、
愛を語り明かす夜もあったという。
侮蔑的な、不眠の夜、
何かに笑わされている夜、
暴論でさえも正論であると、
ごまかして、ぢっと、目を瞑っている、
それらの新しい夜、
愛は売られ、
言葉は消え、
昔のままの兵法が独り歩きをしている。
慙愧に耐えない夜がつづき、
すげ替えられた観念が倒れずにある。
櫓の脚を縫うのはぞっとする。
九十九の確立で、人は失ってゆくだろう。
いまこそ愛を知れ。
消えゆく者のかたわらで、
言葉たちが吹く風に、
ぷるぷるとふるえている。


(消失 二)あさはかな

あさはかな
あかさたな
ひょっとして、息のせい?
ポールの先端が息を飲む。
ゴールの隅が息を吸う。
ぺしゃんこにされた人の息の真下、
ぎゅうぎゅうに詰められた脛の脇、
理論を蹴り倒して、
プールの底の冬を助け起こす。
人はパンのみにて生きるのか。
ぐらぐらと頭が揺れても
もはやぴよぴよと鳴く鳥もなく、
哀れなるぬしは、
血眼のまますげなく捕食する。
あさはかな
あかさたな
経巡る時を、
いまこそ栄光のうちに治めよ。


(消失 三)愛の基地

肩に揺れる愛の基地。
ペーペータオルのかたち。
ぴりぴりと痙攣、
猫、にゃあと鳴く。
女、よよよと泣く。
ぴゅっと矢を吹き、
灰のまんなかにプリンを置く。
今日は来ぬ。
ぽろぽろと、爪、
弾くヘルメット。
ほら、見て。
ほらの絵模様も無のまま。
綿の中、
血、駈ける。


(消失 四)ひょっとこの本

秋、
靴を忌む。
浜の琴を目に、
闇の尾根をぬけて、
ひゅっと、
ひゃっと、
ひょっと、
ひょっとこの顔。
鴨を湯に、
湾の歩兵を淵に、
棚の上の読みかけの本、
きっとひょっとこの本。


(消失 五)夢の鰐

塀と戸を歯に塗って、
やっと立ち、
皮膚も繭も夏の青。
本を読み、
妻の手の、
無の上に立ち、
稲と実の世、
夢の鰐。


(消失 六)驚愕の犬

わっ!

何?

ぬめ、ぬめ、の、
野を、
寝耳に、和。

穴に犬。
海に斧。

輪を追え。
終え、

山を見ゆ。円の鬼。

止む雨。
世も兄の輪に。

わわわわわわわわ、わん!

犬?


(消失 七)すべて、無

ままも、みみも、おめめも、ももも、



やみも、ゆめも、よみも、



あんよも、うみも、いみも、



忌みも、無。

笑みも、無。

膿みも、生みも、無。

愛を、無。

むむむむむむむむ

まま、まま、ママ、まま、

ま、むう。


(消失 八)ONのおん

おん、おん、ON、
おん、おん、ON、

あいを ON、
ういを ON

あいうえお、ON,
あいうえを、ん?

ON、ON、ON、ON、
ON、ON、ON、ON、

うおおおおおおおををを、ON、
うおおおおおおおををを、ON、


(消失 九)うおの王

あいうえお
あい うえお

うお 王 あ!
魚 追う ああ!

愛 飢え お
あい うえお

会う 言おう 魚 愛
魚 詠 和え 愛 お

ああ、いい、うう、ええ、おお、

魚 王
魚 王
魚 ああ!

あえいうお
あ えい うお

あいうえお
あい うえお


(消失 十)すべて青

あおい あお
あおい あお

あ 追い 青
あ 老い 青

あおあお
あああお

いいいいいいいい

あああああああお
あああああああお

あ、あ、あ、
お、
い、い、

あお


(消失 十一)根源的叫び

ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ
ああああああああ

ああ!


(消失 十二)そして、消失





(二〇〇五年八月)


自由詩 消失 Copyright 岡部淳太郎 2005-08-02 00:02:21
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