帰省
落合朱美

降り立った駅のホームには
潮の匂いの風が吹いていた
タクシー乗り場では
タオルを首に巻いた運転手が
ワイシャツには不釣り合いなほど
日焼けした顔で機嫌よくドアを開けた

エアコンが苦手だと告げて
窓をめいっぱい下ろすと
乱暴に吹き込む風に
ほどけた髪がはためいて
それが心地よくて目を細めた

海沿いのゆるやかなカーブを走れば
防砂林の向こうに広がる海の
瑠璃色はどこか懐かしく
それは貴方の瞳の奥に見えた
あの深く沈んだ色なのだと気付いて
胸が苦しくなった

いつになっても変わらない町だと
貴方は苦笑まじりに言ったけど
その声はむしろ誇らしげに聞こえた
おまえも変わらないでいてほしいと
呟いたあと慌ててそれを打ち消して
照れたように背を向けたのは
ふたりの未来を覚っていたからなのだと
今ならわかる 

あの日から
私はすこし泣き虫になったけど
泣いた分だけ強くもなって
今も変わらず貴方を想う
貴方の故郷の海もきっと
貴方の瞳に焼き付いたままの
変わらない色で
私を迎えてくれたのだろう

変わってしまったのは
そう 貴方だけ 

車はやがて
急なカーブの山道を登りはじめて
浜茄子の垣をもう遠くに見下ろしている
風の匂いは緑に変わり
その道は
貴方の眠る霊園へとつづく








自由詩 帰省 Copyright 落合朱美 2005-07-29 23:39:36
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