棒読みの歌
岡部淳太郎

夏の暑さがまっすぐに降り注いでくる。この
暑苦しさの中ですべてを腐敗させて、振り返
ることのない心を育ててゆく。流れる汗の臭
いとともに、空気が汚れてゆく。この世の混
沌を測るものがないのなら、ちょうどいい。
季節は夏。この夏を放って、この夏を物差し
にして、すべてを計測するが良い。


  ねむれないよるの、ねったいやの、
  わた、わた、わたしの、いしわたの
  ようなこころ、ここ、ここにあるこ
  ころよ、こんやはまた、どんなおそ
  ろしいあくむをみるのか、か、か、
  か。かがわたしのはだをさして、ま
  たねむれない。まくらの、まっくら
  なまくらのなかに、けりとばしたた
  おるけっとのなかに、おそ、おそ、
  おそいよるが、きょう、ふの、そく
  どで、ゆっくりと、やって、やって、
  くる。これはどんなきもだめしより
  も、すうひゃくばい、おそろしいよ
  るだ。


夏の日差しが直角に曲ってやってくる。乱反
射する不特定多数の人の思いよ。眩しすぎる
鏡の、塔の先端へ突き刺さってゆくにせの影。
この世のやり切れなさを、糠味噌じみた同意
の中に捨て去ってゆけ。ちょうどいい。季節
は夏。この夏の開放された光に則って、この
炎天を乗っ取って、すべてを東の方向に放り
投げるが良い。


  ねむれないあけがたの、はやすぎる
  ひざしの、これではめざましどけい
  いらずだよ。あさはすっきりと、き
  りきりと、しめ、しめ、しめあげら
  れるような、まだねむけののこる、
  ここ、ここ、ここにあるこころ、こ
  ころ、ここにあらずの、そ、そ、そ、
  そのこころで、わたしはまだゆめの
  なかにいて、きょうのじゅんび、い
  ち、いちにちの、じゅん、び、など、
  まだまるで、できやしないのに、は
  や、すぎるしょねつのした、いそ、
  いそ、と、いそがなければならない
  のか。


夏の憂鬱がまっすぐに昇ってゆく。この暑さ
にやられて、ぱたりぱたりと倒れてゆく。空
と地の間で、垂直の騒々しさがいつまでもつ
づき、倒れやすい心が育てられた。蜥蜴の尻
尾よりも切れやすい気持ちしか持てないのな
ら、ちょうどいい。季節は夏。この暑さを切
断して、山の向こうと海の向こうにばらばら
に捨てて置くが良い。


  ねむけにおそわれるまっぴるまの、
  たいようのえいこうの、そのしたで
  さえ、さえざえとはれわたるこのね
  むけよ。ねむれなかったあつさのせ
  いで、いでよ、ねむっていたかつり
  ょく。ねむらざるをえなかったちか
  らよ。ちか、から、から、から、と、
  からまわりするひびわれたちかすい
  の、おとが、おとなしいおと、が、
  き、こえる。わたしは、おそ、おそ、
  ろしい、ひろう。かいちんされたこ
  のつかれのなかで、ねむれなかった
  ばちがいのねむりを、わたしはね、
  むる。


夏の暑さがまっすぐに落下する。この苦しさ
の中で、不安とともにうたえ。この夏を歩き
回ってきた棒のような脚とともに、曲がるこ
との出来ない心でうたえ。ちょうどいい。季
節は夏。この夏を生贄にして、おまえこそが、
まっすぐに燃え盛る炎。棒のような思いを吐
き出して、ただうたうが良い。



(二〇〇五年七月)


自由詩 棒読みの歌 Copyright 岡部淳太郎 2005-07-29 23:31:45
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
散文詩