軽自動車に乗って
haniwa

軽自動車に乗って
旅に出ちゃった人がいて
その後の消息も不明だから
湿っぽい布団に寝転がりながら
その人のつもりになってみた


始まりは単純だった
ここには居たくない それだけ
友達とか女の子達とか大好きなんだけど
もう顔も見たくない それだけ

いつか母親が話してくれた
わたしのいとこのおじさんの何某
十五の時に家出して十年帰らなかった
帰ってきた翌年また消えて二度と帰らなかった
俺はもう二十二だけど
立派な人間になるつもりだったけど
何某さんが小さな声で囁きだした
だから軽自動車で旅に出る
俺の唯一の財産 八万キロの中古
マフラーに穴が開いてうるさいから
お気に入りの音楽を爆音でかけて
高速道路には乗れないけれど
移り変わる町並みの中を走る

いくつものまっとうな車達とすれ違う
まっとうな車にはまっとうな人間が乗っていて
まっとうな人間は行き先をはっきりと知っている
でもたまにはまっとうなふりをした人間もいて
俺は隣でアクセルをふかしたりボリュームを上げたりする
まっとうなふりをした人間は苦笑して
俺に道をゆずる

夜は道端かパーキングで休む
ラジオをつけると知らない局が
知らない土地のことを話す
天気予報を聞きながらシートを倒す
少し開けた窓からは知らない土地の空気が流れ
俺は安心して目を閉じる

明日はどこへ行こうか


さてさて湿っぽい布団は
僕の背中をじくじく濡らすから
起きあがって駐車場に行き
軽自動車のエンジンをかける
僕はまっとうか?と僕は僕に問う
君はまっとうか?と僕は軽自動車に問う
答えは、たとえばシートに座って
ギアを一速に入れるまでわからない。


自由詩 軽自動車に乗って Copyright haniwa 2005-07-16 13:02:34
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