木の芽どきの手紙
待針夢子

肉屋さんで少しの肉を買った。
黄色に塗られた自転車が
すれすれで通り過ぎていく。
母親の腕から赤ん坊が
指をくわえて笑いかけてくる。
小学生が
細い足を絡ませあって遊んでいる。
恋をしたい猫の歯が
僕の指をへこませる。

こどものちいさな手も
かたい鉄に触れるやわらかい肌も
アンバランスな平和は
いつもとても艶めかしい


眠っても何も変わらない。
ただ
背骨から湧き上がる
ぬるいまろい狂気が
僕を足から溶かしていく。
発酵する五月の
わたあめによく似た匂いの狂想が
僕を足から溶かしていく。


僕はもう妖精を信じていない。
けれどきっと
今日の夜も同じ事を祈る。
何もかも君に
嘲笑われるためのポーズ。
いつの時も
骨の髄でわななく
この
郷愁とよく似た欲望が
呪いにも魔法にも
ましてや奇跡にも変わらないって
僕はもう知っている。
けれどきっと
今日の夜も同じ事を祈る。
何もかも君に
嘲笑われるためのポーズ。


もう今以上の戯言には
吐き気がすると思っていたのに。
甲高いひかりを見ると
胸が高鳴ってしまいます。
浴室から五月の歌声を聞くと
肺が痺れてしまいます。


そのまま
泣いてしまったりする日が
やがてくるのが
今はただとても怖いです。
ただそれだけのことが、

とても。


自由詩 木の芽どきの手紙 Copyright 待針夢子 2005-07-15 02:02:13
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