ボールパークに夢を 〜海を渡った侍 松井秀喜に捧ぐ〜
服部 剛
昼食を食べに近所のファミレスへ
夏の強い日差しの下
ふらふら自転車をこいでゆく
クーラーの効いたファミレスに入り
腰を落ち着けると
壁に取り付けられたテレビの中は
ニューヨーク・ヤンキースタジアム
ウェイティングサークルから
白木のバットを握り
ヘルメットのつばの下に口を結んで
どよめく歓声の中 ひと足ずつ 打席へ向かう 松井秀喜
数日前の試合でひねった足首には
見えないソックスの内側にテーピングをぐるぐる巻いて
海を渡ってもなお連続試合出場を続ける日本の侍に
観客席は今日も波立つ
ジャイアンツのユニホームを着ていた頃
東京ドームの白い屋根を突き破らんばかりの
夢のアーチを架けていた男も
何故か最近ニューヨークの乾いた青空に白球は舞い上がらず
丸太の腕で風音たてて振り切るバットからは
しけた打球が土に転がり
敵のグローブに吸い込まれる日々が続いた
〜
僕と同い年の松井秀喜が
夢を求めて海を渡る決意をした2002年・11月
僕は誰に出す宛てもなく綴り続けた詩の束を
リュックサックに詰め込んで
ジャイアンツでの最後のユニホーム姿の松井秀喜が
日米野球に出場している東京ドームの白い屋根を遠くに眺めながら
夢を追う自分を約束の舞台へと導く小さい光の出口を探して
猫背のまま歩き続けていた
ポケットには
「現実の壁」を幕のように切り開く
刃の光るハサミを入れて
腕の太さも胸板も松井秀喜の半分しかない
給料などはちりほどにもない
名も無き文学青年と
海を渡った侍との
夢の質量を比べていた
野球人はバットを刀とし
真夜中に独り汗水たらして闇を切り
月に向かって放たれる白球の夢を垣間見る
詩人はペンを刀とし
ランプの明かりの下 白紙の上に想いを綴りながら
真夜中に遠くから聞こえて来る列車の音に耳を澄まし
この世で過ごす日々の出逢いの物語を描いた無数の手紙を
詰め込んだ貨物列車が線路から浮かび上がり
月に向かって走る列車の夢を見る
〜
うたた寝から目覚め
ティーカップの耳に指を入れ
顔を上げると
「 打った!マツイ!大きく舞い上がった白球は
ライトスタンドへー・・・! 」
マウンドの上で渾身のストレートを投げ込んだ投手は
がっくりと膝に手をつきうなだれる
落とした肩に妻や子供の面影背負いこんで
両腕を広げた松井秀喜は微笑みを浮かべてホームベースへと走る
スローモーションの時間が流れる
ヤンキースタジアムの青空には
70年前に松井秀喜と同じユニホームを着ていたベーブ・ルースが
モノクロの顔で微笑み
勝利の女神と肩を並べて楽しげに
地上のゲームを観戦している
時折どちらかが空から息を吹きかけると
グランドの上にいたずらな風が吹いて
方角の変わる打球があざ笑うように野手のグローブをはじく
ファミレスの壁に取り付けられたテレビの中は
モノクロの70年前の野球場
試合の前に見舞いに行った病の少年と交わした約束
ベーブ・ルースが振り抜いたバットから
放たれた白球は少年の夢を乗せて
青空へ・・・・・・・