不連続小説 『煙道 1』
クリ
■最初の千文字 Enduring
当時、吉園省では煙草師がまだ数人生存していた。
煙草を吸うためにはまず厳格な検査が必要であり、さらには「煙態」という特殊な所作を身につけなければならず、
喫煙という伝統を守るための様々な保護・規定が、逆にそれを絶やす原因になろうとは思われなかったのだ。
ついに煙草師は吉園省にいるだけとなり、「煙草」自体を知る者も一部の高齢者に限られるまでになってしまった。
私が煙草師を目撃したのもまったくの偶然からであり、村に着くまでその存在さえ知らなかった。
それは同じく吉園省の奥地に住む少数民族、大蛇族のドキュメンタリーを撮影しに行く途中のことであった。
すでに標高は3,500メートルを超え、やっとの思いでたどり着いた村で急の宿を設けてもらったのだ。
いわゆる「言語の孤島」の民である大蛇族とは違い、その村ではなんとか会話が可能であった。
村人たちはとても親切で、初めて見る日本人の私たちを手厚くもてなしてくれた。
料理はほとんどが植物性であったがすこぶる美味であり私たちは舌鼓を打ち続けるしかなかった。
独特の火酒である「頓死酒」も、疲れた私たちの全身に毒のように回って行った。
あとから知ったことではあるが頓死酒はアルコール度数70%以上でありその村でのみ飲まれていた。
ニガヨモギの亜種「イタヨモギ(苦いというより痛いからそう呼ばれるらしい)」で味付けした「ビター」だ。
あまりの度数の高さに私たちは水で割って白濁したものを飲んだが、村人たちは皆「生」でやっていた。
宴のそこここで頓死酒が野火のごとく発火するので、消火用に濡らした蓮の葉が山のように積まれていた。
夜も更けた頃、村の長老が私たちに素晴らしいものを見せたい、と切り出してきた。
こういう場合、たいていは古式ゆかしい歌や舞いが出てくるもので私たちは内心「またか」と思った。
しかしもちろん、宿と食事を提供してくれた優しい村人たちのさらなる厚意を拒むわけにはいかない。
是非喜んで、と満面の笑みを浮かべ、すでに睡魔に襲われ始めている私たちは居住まいを正した。
長老がゆっくりと右手を上げると、宴の席にいる全員が頓死酒を片付け始めた。私たちの杯も例外ではない。
もう私たちには酒は必要なかったのだが、なぜ頓死酒をことごとく片付けていくのかが少々不可解だった。
しかし「余興」の後に、私たちはその理由を知ることになる。
室内に仮に設けられた演台に、いつの間にか二人の老人が座っていた。
Kuri, Kipple : 2005.07.06