※このシリーズを初めて読まれる方は「はじめに」をお読みください。
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●「十階の家族」/ たもつ
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注)この先は妄想です・・
ていうか、これぞ明らかに娘を持つ親の、いや「父親」の妄想ですね。父親は娘の「アイス屋になりたい!」という夢に便乗して妄想している訳です。むごいようですが、残念ながら父親のこの夢は、確実に実現しないでしょう!でも娘と一緒にお風呂に入っちゃったりすると、「父親」という生き物はもう理性のかけらもなくなっちゃう訳です・・。
そして10階までも妄想は膨らんでしまう。父親としては、こうやっていつまでも娘と一緒にお風呂に入りながら仲良く過ごすんだろうなぁ・・・なんて思っちゃったり。。そこが、けなげで悲しい・・。10階で「やがて娘もお風呂に一人で入るようになり」「恋をして結婚する」辺りで、父親も少しは理性を取り戻したらしいことが伺えますね。ただし、その直後、「その時も私達はいっしょに十階に住んでいるのであろうか」とくる。って「お〜〜〜い!!」(ノリツッコミ風に)この往生際の悪さが、「父親ですね」(※ここがこの詩の爆笑ポイントですから。)見かねた「女房」が最後に、「11階にして二世帯住宅にすればいいじゃないなんて笑う」所は、女性ならではの妙に現実的な話の運びになり、父親の建てた妄想のビルディングは、無残に崩れ落ちるわけですね・・。この「女房」の「笑い」には、含みがある。ぼくには「あんたってホントバカね」っていう奥様の呆れながらも微笑んでいる顔が浮かぶ。
この詩のポイント欄の感想を見ると「子供らしい発想」「ほのぼのしてる〜」という意見が多いですが、ぼくにはそういう印象はない。ぼくには、「父親」の悲しい妄想以外のナニモノでもない。だから、この建物の危うさに気づいたベンジャミンさんの「たもつさん「十階の家族」を読んで(感想文)」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=40749 は、父親の悲しい妄想であることを理解しているように思えて、ぼくとしては、この理解(妄想)に拍車をかけてくれてうれしいのです。この他この詩に関する「批評・感想」に「十階の家族、その不思議」古島
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=40745、「おんなのこ、おとこのこ〜たもつ『十階の家族』」かの寿星
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=39699がある。古島さんは、たもつさんの「さびしさ」に気づいているようだが、その寂しさはボクの考えている「娘を持つ父親の寂しさ」とはまた違う。また前半の分析はほとんど無意味に思える。かのさんのは、「娘の夢にこっそり親の夢を乗っける」「子どもが多少おませな女の子だからこそ成立する話」と言っている辺りは評価できるが、かのさん自身は男の子の父親らしいので、残念ながらいま一つたもつさんに近づいていないような気がしてしまう。
あぁ、なんで皆、解んないのかなぁ!!まぁいいや、ボクは分かってますから。(←ここらへんが妄想の妄想たる所以です。自分だけ分かってるみたいな・・。)さて、このような悲しい妄想をボクという読者がしてしまうのは、ぼくもまた幼い娘を持つ父親だからでしょうか?それは、皆さんの妄想にお任せします。
注)これは妄想です。
※作者へのお詫び)
勝手な妄想すいません
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