会話
ベンジャミン
父と別々の家に住むようになってから
ときどきは会いに行こうと決めていた
小さい頃から
一緒に暮らした記憶などなくて
なのに父は
僕との思い出話を聞かせようとする
うんうんと
僕が何度かうなずくとまた
同じ話を最初から始める
どれもこれも
僕がとても小さい頃の話だ
ときおり
ふと思い出したように仕事の話をして
仕事仲間の誰々さんの話をして
庭の植木の話をして
猫の話をする
うんうんと
僕が何度かうなずくとまた
同じ話を最初から始める
どれもこれも
僕が知らない話だということを
父は知っているから
けして
目を合わせようとはしない
別れ際
慌てたような素振りで玄関先から
コンビニ袋に入った缶コーヒーを持って
車に駆け寄ってくる
父は
嬉しそうに
お前これが好きだろと
車の窓ガラスをたたきながら言う
うんうんと
笑顔でこたえる
僕は父と
その日はじめての会話をする