時間の迷子たち
後期

街で、ときどき
時間が迷子になる。

角を曲がれば、
昨日の午後三時がベンチの下でそっと息をつき、
十年前の雨が歩道のひび割れに溜まっている。
まだ来ていない朝は、街灯の影の隅で、眠ったまま。

私は、その時間を拾う仕事をしている。
古い懐中時計と小さな網を手に、
迷子の時間を胸のポケットにしまう。

広場の隅では、少女が十年前の雨を指先ですくい上げる。
雨粒は彼女の掌で銀色に光り、ひとつひとつが小さな記憶の欠片に変わる。
触れた瞬間、幼い頃に泣きじゃくった夜の感覚が蘇り、
涙がひそやかに頬を伝う。けれど悲しくはなく、胸がそっと温かくなるだけだ。

カフェの窓辺では、年老いた画家が昨日の午後三時の静けさを描く。
描いた絵の中で、椅子の影に眠る猫が目を覚まし、窓の外の街灯と瞬きを合わせる。
その瞬間、画家の手が止まり、思いがけないインスピレーションが胸を満たす。
静けさは、彼の人生をほんの少しだけ前に押す風のようだった。

駅前の通りでは、若い男がまだ来ていない朝の光を追って歩く。
拾った朝の欠片は虹色に輝き、彼の足元を照らす。
通りすがる人々の靴音が微かに変調し、男は知らず知らず微笑む。
その光は、遠くにいる誰かの心にも届き、無意識のうちに優しい決断を促す。

商店街では、小さな時計屋の娘が、落ちていた午後四時の影を拾う。
影を指でなぞると、亡くなった祖母の笑顔がふっと蘇る。
彼女は息をのんで、ひそかに「ありがとう」と囁く。
迷子の時間が、思い出と現実を柔らかく結びつけたのだ。

そして夜。
街全体の迷子の時間が重なり合い、
昨日と今日、過去と未来、夢と現実の境界がふわりと溶ける。

広場の少女、画家、若い男、時計屋の娘――
それぞれの拾った時間が偶然に交差した瞬間、街全体が光で震え、
石畳は微かに呼吸し、街灯は波打ち、窓ガラスは星のように瞬く。
猫は屋根から跳び、雨粒は空に舞い上がり、
街はひそやかな魔法の祝祭に包まれた。

私は今日も網を手に歩く。
角を曲がれば、まだ迷子の時間が次々と現れ、
街全体が、知らず知らずに変化している。
人々の小さな心の揺れ、忘れかけていた記憶、未来への微かな勇気――
すべてが時間の迷子と交わり、静かに、しかし確かに輝く。

時間は迷子でも、街は永遠に戻らない。
けれど、迷子の時間に触れた人々の心は、
魔法の夜のあとも、少しだけ温かく揺れ続けるのだ。



自由詩 時間の迷子たち Copyright 後期 2026-03-08 22:58:46
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