中古の幸福
後期

街の外れに、小さな市場がある。
看板は古く、文字が半分ほど消えている。それでも人はそこを知っている。

ガラス戸には、かろうじてこう書かれていた。

「中古品取扱」

何の中古かは書かれていない。
私は戸を開けた。
店の中は静かで、棚が並んでいる。
棚の上にはガラス瓶が置かれていた。
瓶の形は様々だ。
薬瓶、ジャム瓶、インク瓶。
だが、中身はほとんど見えない。
私は一つ手に取る。
瓶の中には、ほとんど何も見えない。
しかし、目を凝らすと、薄い霧のようなものが漂っている。

ラベルが貼られている。

幸福(中古)

「本物ですか」

店主はうなずいた。

「中古ですから」

「幸福ですよ」

「ええ」

それだけ言った。

「幸福って、
 中古になるんですか」

「人が使えば、
 大抵そうなります」

なるほど、と思った。

私の幸福も、どこか擦り減っている。
いや、擦り減るほど使った覚えもない。

医者はそれを
感情の摩耗と呼んだ。

私は瓶を買った。

値段は安かった。

「途中で手放されたものです」

店主はそう言った。

家に帰り、瓶を開けた。

すると少し遅れて、幸福が体に入ってくる。

理由もないのに、空が明るく見える。
通りの匂いが懐かしい。
知らない歌を口ずさんでいる。

だが、奇妙なことが起きた。

知らない記憶を思い出す。

海の近くの家。
古い犬。
白いカーテン。

それは私の人生ではない。

私は店へ戻った。

「この幸福の持ち主は?」

店主は少し考えた。

「それは売り物ではありません」

「でも、私は買いました」

瓶を見せた。

店主は棚を眺めた。

「それは」

少し考えて言った。

「返品されたものです」

「誰が?」

「さあ」

店主は棚を整えた。

「大抵、亡くなった人です」

「なぜ?」

「幸福のまま終わるのが
嫌だったそうです」

私は黙った。

帰り道で、ふと思った。

この幸福は
途中で終わった人生の残りだ。

つまり、

他人の人生の続きを感じている。

私は瓶を見た。

瓶の底に、小さな紙が入っている。

ピンセットで取り出す。

そこにはこう書かれていた。

回収済み

意味が分からない。

私は店へ戻った。

「これは何ですか」

店主は瓶を見た。

そして静かに言った。

「幸福は、使い終わると回収されます」

「誰が?」

店主は、答えない。

私は、奇妙なことに気づいた。

今日一日、
一度も幸福を感じていない。

さっきまで感じていたはずなのに。

私は棚を見た。

その中に一つ、
曇った瓶がある。

なぜか気になった。

「これは?」

店主は言った。

「それは売り物ではありません」

ラベルを見る。

そこにはこう書かれていた。

幸福(あなた)

私は笑った。

「冗談でしょう」

店主は肩をすくめた。

「人は大抵、自分の幸福を中古で生きています」

私は何も言えなかった。

店を出ようとしたとき、店主が言った。

「ところで」

私は振り返る。

店主は棚の奥から、もう一つ瓶を取り出した。

今度は黒い瓶だった。

ラベルにはこう書かれている。

死(中古)

「これも扱っています」

私は笑った。

「死まで中古なんですか」

「ええ」

店主は言った。

「あなたのも」

私は冗談だと思った。

だが、黒い瓶のラベルには、確かにこう書かれていた。

死(あなた)

私は言った。

「おかしいですね」

「何がです」

「私はまだ死んでいません」

店主は少し考えた。

そして静かに言った。

「ええ」

「まだ二回目は」

店を出たとき、私はふと思った。

ポケットの中に何か入っている。

取り出す。

小さな瓶だった。

ラベルが貼られている。

幸福(次回分)

そのとき私は初めて気づいた。

瓶の底に、もう一枚紙がある。

そこには、こう書かれていた。

死亡遍歴:1

前回の死亡理由:幸福過多

回収済


自由詩 中古の幸福 Copyright 後期 2026-03-06 01:12:41
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