小説の習作 原稿用紙三頁 #24
田中教平
ユウスケは複雑であった。ユウスケは現在の自宅を気に入っていたが、そもそもユウスケの父方の、さすらいの民といった精神性を受け継いでおり、本当に家賃の支払いに困ったら、もっと安いアパートでも引っ越しても良い、いや、引っ越す事は可能であるからと高を括っていた。
父方がさすらいの民の系譜であるならば、母は単純な引っ越し好きであった。東日本大震災が起こったとき、住んでいたマンションが揺れた。母はこんな東北から離れている所でこれだけ揺れるんじゃ、と理由をつけて、家族で山の中の暮らしに入った。
しかし、山の中の生活に慣れた途端、市の中心に住みたい、と言いだし、ユウスケはそれに反対したから、その山の中の家にユウスケ一人取り残される形になった。そのときにはユウスケはSグループの大手企業の、地方の工場勤めの身であって、通勤を加味すると、その山の中の家に残らざるを得なかった。
ここで、ユウスケと、実家の距離はかなり遠くなる。
その後、ユウスケは、この人、という人、カナと出会い、結婚した。
しかしカナと暮らすに山の中の家は不便、という事で、アパートを借りた。しかしそのアパートもSグループの工場の退社に合わせて離れる事になった。
実はその工場では彼は障害枠で雇用されていたのであるが、理解、そして力のある部長が異動になった途端、工場内の統率がとれなくなり、皆、勝手な事をしだした。ある日、ユウスケが缶コーヒーの缶を捨てようとゴミ箱に持ってゆくと、それはノンアルコールであったがビール缶が隠した様子もなく、大量に捨てられており、ここの工場はもう危ないのではないか、と悟って退職した。
そして、現在の自宅に越してきたのであるが、正社員で働いては、医師の診断書で辞職せざるを得なくなる、事業所に通所する、また単発のアルバイトをするなどしていたが、今持って収入が安定しない。
といって、彼は負ける事なく、最近、働けるだけ働こうと決意し直した矢先だった。
母から電話連絡があって、出てみると、確定申告の話で、納税の相談に行ったそうなのだが、ユウスケ、カナの二人を、父親の扶養という扱いにした方が税の控除が受けられるから、名義を貸して貰った、と言うのである。
加えて、控除額と今ユウスケが支払うべき家賃の額がほぼほぼ相殺されるというので、家賃の支払いはするから、いい、との事であった。その代わり、ウン万円以上の報酬がある労働はしてはならぬ、との事を告げられた。
めちゃくちゃ稼ごうという気になってはいたが、その気持ちは萎えてしまった。
が、よくよく自身の立場を考えてみるとありがたい配慮であった。いや、どうなのか、そう思いたい。ユウスケは雨の庭をじっと眺めて、今後どう生きればいいか考えなおしていた。