小説の習作 原稿用紙三頁 #23
田中教平
カナは激怒していた。女が男になる、とはこの事か。ユウスケは彼女のパソコン・トラブルの対処に追われた。カナ、彼女はいつもジタバタしていた。創作するにも、アイディアに於いて、デバイス面に於いて、ユウスケの協力が必要であった。
又、彼女は繊細で傷つきやすく、よって被害妄想を抱きやすかった。きっかけは、以前、ユウスケと結婚する前に、妹さんの家具を壊してしまったという。そのときは許されたと思ったが、後日、自分の家具が壊れている事に気づいた。復讐されたのだ、という、事実か、誤解かは分からぬ、それは彼女の、危害を加えられたら、反撃していいといった偏った、思考回路を形成する原因になってしまった。目には目を、歯には歯を、という事だ。
この倫理観はキリストによって明確に否定されている事だ。例の、片方の頬を殴られたらもう片方の頬を差しだしなさい、というのは例え話であって、民族間の争いなどで、例えば害を与えられた場合、その報復をしてはその連鎖は続くばかりであるし、他者も巻き込んで、全く問題に関係の無い人間が害を受ける場合も想定された。そもそも、害を与える前に、隣人を愛せ、と言っているが、問題が発生しても、絶対に報復してはいけない原則をキリストは訴えていたのである。2000年位前に。
しかしカナの場合、キリスト教系の学校に進学している筈であるが、感情面から実際問題、この倫理観を受容できていない側面が見受けられた。ユウスケも、それは仕方ない事であると思うが、思い込んだら、一直線、カスタマーサービスに電話をして、しつこく話をする彼女を眺めていては
「なにしてんの、なにしてんの」
とユウスケは制したし、それを考慮すると晩年に何か大きなトラブルがあるのではないかとも想像され、気の休まらない日々がつづくばかりであった。
勿論、ユウスケはカナを愛していたし、その為、色々試行錯誤も試みたが、では、最後に実務に動いて問題を回収するという役割を負っていたのは、多くは彼の方であった。
感情を気まま表現したいが、その責任は負わない。このスタイルを続けてゆく限り、カナの、いいや、二人の晩年は暗そうだった。
しかし、カナ、彼女も努力していた。そうして、今、していた。
彼女は小説を三篇ほど書き上げた後、その後、どちらかといえば、自身の過去を探る、心境小説を一年かけて書く決意をした。
ともかく、自分の考えている事を根底から整理する事をはじめたのだ。認知、には必ずバイアスがかかっている。ユウスケは彼女が単純に賞をとって作家になるだけの為に、心境小説を勧めたのではない。
記憶には必ず誇張された事実と、それをどう受け取ってきたか、思考したかで、改変の余地を見い出す事ができる。ユウスケはカナに考えて欲しかった。そうしてカナはペンをとったのである。