小説の習作 原稿用紙三頁 #22
田中教平
最近、ユウスケ、彼は原稿用紙三枚を、毎日、埋める事が、苦でなくなってきた。
内容は相変わらず無内容といえば無内容であったが、彼は以前と比べて変わっている、というのは事実であった。
彼は久しぶりに、詩を書いてみた。しかし彼は詩を書く自信を失っていたから、やはりとても短い詩になった。それでもとにかく完成させた。
「ユウスケ」
妻のカナが急いで玄関を開けて入ってきた。
手にはゆうパックがあった。
「なにこれ」
「ユウスケ宛てだけど、延岡市からよ」
中には賞状と、冊子があった。
第二十六回若山牧水青春短歌大賞、とある。
思い出した。彼はこの賞に暇を見つけては三百首、くらい送っていたのだった。見ると一般の部で、『佳作』であった。
お坊さん実はダンスが上手いとか妄想しつつ坐禅していた
という、受賞作を何度も眺めている内に、まず、「お坊さん」って何やねん、と思った。
ここでガックリと崩れ落ちた。確かに坐禅に凝っていた時期があった。そういう歌も送りつけてしまっただろう。しかし、もっといい歌も送った筈では。
そういう不満を、彼はひっこめた。妻のカナも応募していたからであった。ここで賞された身で不満を言うと、話がややこしくなりそうだった。
「おかあさんに報せないの?」
カナは冊子をめくり、スマフォで歌を作りはじめた。どういう作りの歌であれば賞されるのか、さぐって書いていたのだった。ず、ずるい、とユウスケは思った。
できた歌を読んで、ユウスケはカナがとにかくいつのときも、向日葵を詠みこんでいる事に気づいた。
ユウスケは段々体調が悪くなってきた。急いで頓服を服した。彼はカナに、短歌の批評をお願いされた。
「体調が悪い」
「ねぇ、この歌のどこがいいの」
「だから体調が、悪い」
ユウスケは、短歌とはバックホーンとして皇室が存在する、と明確に考えていたし、だから草の民の人間として、その生活を赤裸々述べていけばいいのだと思っていた。
しかし若山牧水全歌集を通読してゆく過程で、やはり日本人の自然観に対する意識の問題を若山牧水ルネサンス、というが、孕んでいると、『今』考えていた。
彼が山の中の一軒家に一人暮らしをしていた頃、日曜日になると決まって庭に腰かけて雲とは何ぞや?森とは何ぞや?と無為な時間を過ごしていた事を思いかえした。