小説の習作 原稿用紙三頁
田中教平
ユウスケは眼鏡を捜した。見あたらないのである。
最近、彼は急に老け込んだ。自身、一年が十年のようだ、と感じた。ああいった生き方もできる、こういった生き方もできる、そういう思考がユウスケからトント、失われていた。
日曜なので朝湯に浸かった。彼の脚は全く固まってしまっていたが、湯に浸かるとやっと動くようになった。そうして風呂を出て、寝室で横になったり、リビングに向かったり書斎に向かったりしている内に、ああ、眼鏡は何処に置いたっけ?、と考えた。
妻のカナ、彼女は一人、ドラッグストア、マツモトキヨシに向かって歩いていった。
はじめ、ユウスケも一緒に向かう筈であった。実際、彼は妻といっしょに外に出たのだ。
しかし彼は十メートルくらい歩いた所で、膝が痛くなってしまった。そして三月の初めである。外は未だ寒い。カナ、彼女は
「寒いから自宅に帰って着替え直してくる」と言った。
ユウスケはじっと下を向くと、何もかもがおっくうになってしまった。二人、自宅に帰ると彼はそのまま、ベッドに潜り込み、カナ、彼女は一人でドラッグストアに向かう事になったのである。
それにしても、眼鏡がない。
はて?彼は考えこみ、浴室の窓際、洗面所、ノートパソコンの上、と思いつく限りの場所を捜してまわった。
実はこのとき、彼は久しぶりの乱視の強い裸眼で見る光景を愉しんでいたのである。
そして、じぶんは、眼を酷使し過ぎた。屑が詰まっている感じ、といえばそうであった。
彼は原稿用紙に目を通した。
もう、彼の目は眼鏡なしでは仕事にならない事がわかった。ともかく、眼鏡は。
妻のカナが帰ってきた。
「一人だったから、時間充分にみれた」
化粧品の戦利品を机に並べながら言った。
ユウスケは原稿用紙に向かっていた。
「眼鏡をなくしたんだ」
「嘘?ほんと?」
「どこにあったと思う?」
彼女の顔が真剣になる。
彼は言った。
「浴槽の中」
カナは彼に対してコーヒーを買ってきた。
しかしユウスケは早々、こころを開ききれない部分があった。
それは彼女に「自分の小説に対する態度」を未だ充分に説明できていないからであったし、何より準備不足が多かった。
そうして、彼は黙々と、私小説の習作、文章修行に戻っていったのである。