出勤
後期
午前八時三分、出勤。
私は会社に入る。
正確に言えば、
会社が私の中に入ってくる。
自動ドアがスッと開く、
社員番号が一つずつ肺に打刻される。
エレベーターは上昇する箱ではありません。労働密度を均等に撹拌する装置であります。二十七階に着くころには、私はすでに私でなく、総務課補助的存在物質B-17になっているのであります。
労働とは何でありましょうか?
それは時間を切り売りすることだ、
と昔の経済学者は仰いました。
だが我が社では、時間を売りません。
時間は我が社に永久滞留するのです。
退勤後も、夢の中で議事録を作成しております。睡眠は残業の一形態となっております。
九時、朝礼。
部長の声は拡声器を通さずとも拡声されます。
「生産性を向上させろ」
この一見ありふれた命令は、物理法則に匹敵致します。逆らうと空気抵抗が増し増しされ、呼吸が苦しくなります。実際、先月それに逆らった山本君は、空気の薄い部署に異動させられ、今も高山病です。
キーボードを叩く。
この音は単なる入力音ではありません。社員一人あたり毎秒一万ジュールの自己同一性を削り取る音であり、削られた自己はサーバー室に堆積して、やがて決算報告書という結晶になるのであります。
昼休み。
社員食堂のカレーは昨日と同じ味だ。
いや、なにか違う。
そうです。昨日の私が違うのです。
味覚はすでに会社に帰属しております。辛さは業績に比例し、甘みは賞与に反比例します。今日は甘い。
午後二時、会議。
議題は「効率化のさらなる推進」。
効率化とは、何かを削ること。
人員か、役員か、はたまた呼吸か。
最終的に削られるのは
主語でございます。
「誰が」ではなく「いかに」
「なぜ」ではなく「どれだけ」
それだけで社長の椅子がインストールされます。
私は発言しようとしました。
その瞬間、議事録係の私が、
発言しようとした私を記録し、
削除しました。
二重化された私は、
相互に牽制しあい、
結果として沈黙が採択されたのです。
これこそ素晴らしい社風でございます。
夕方、社内システムに異常が発生しました。
画面に表示される文字列が変わる。
労働者を更新しますか?
はい/はい
拒否権はない。
「はい」を押すと、私の腕が少しだけ軽くなる。
骨が一本、業務委託化されたらしい。
周囲を見ると、皆も同じ顔をしている。
軽くなった分だけ、薄くなっている。
定時。
誰も帰りません。
帰るという概念が、数年前のシステム更新で削除されたからでございます。
退社とは、社内ネットワークの電波が弱まる地点まで後退する行為に過ぎません。自宅はアクセスポイントであります。
夜、会社と共に布団に入る。
目を閉じると、今日打ち込んだ数字がまぶたの裏に浮かぶ。
利益率。コスト削減。人的資源。
「人的資源」
資源とは採掘されるものだ。
枯渇するまで。
だが奇妙なことに、私たちは減らない。
削られ、更新され、再配置され、また朝になる。
労働とは消耗ではない。
増殖でございます。
明日もまた八時三分、出勤するだろう。
いや、出勤させられるのではない。
すでに出勤しているのが正常でございます。
以上、本日の運用を停止いたします。
再起動は八時四分、私を予定しております。