鏡ミラー文志

例えば、目の前にハゲ頭の人がいたとしてその頭を撫でたら笑えるからやると言う人に、特別な心の病はない
例えば、包丁を飛ばして下っ端を叱る板前が何故包丁を飛ばすかというと、それはマナーを教えるためであって、その板前に特別な心の病はない
例えば、戦争の親玉が戦争をけしかけやりたがるのは特別な利益と喜びがあるからやるのであって、そこにも特別な心の病なんかない
例えば、目の前に人見知りして集団に馴染めず少しおどおどしている奴を睨みつけ、悪意をぶつけるのだって、そこには偏見と侮蔑心、見下しがあるからやるのであって、そこに特別な心の病はない
例えば、皆で食事を食べている最中に人がおならをして、注意されたら怒るのだって、それは心地良さに負けた自分のプライドを傷つけられたことに腹を立てたのであって、そこに特別な心の病なんかない
例えば、机の上に足を乗っけてガハハハと人が笑うのだって、それは我慢している人との対比でその悪意が引き立って格好良く見えるだけであって、それをやっている人に特別な心の病なんかない
例えば意見に独創があって、集団との逸脱を楽しんでいる人がいたとして、そこにも特別な心の病なんかない
例えばSNSで他人を攻撃して、皆でそれを楽しもうぜと呼びかける女がいたとして、それも心地良さ気持ち良さに酔っているのであって、そこに特別な心の病なんかない

誰もが悪意に晒され攻撃の対象にされ、楽しみの被害を受け被り得るが、一番大変なのが集団内におけるマナーを守ることを志す善人と呼ばれる人間だとしたらどうだろう?

つまり皆が、ハゲ頭を撫で合い、皆が包丁を飛ばしあい、皆が利益のために戦争をけしかけ合い、皆がキビキビ動く人間以外を良しとせずにキビキビと動き、食事の時間におならをしあって、机の上に足を乗せてガハハと笑い、他人を不快にさせるような独創をし、SNS上で罵り合いを繰り広げ合いそこに誰一人異論を挟まなければ、誰一人苦しむものはいないのかも知れないと言うことだ

そこに乱れはなく、ジェットコースターのスリルを皆で楽しむように乗れば、誰が死んでも誰も悲しくはならないし、お行儀を守る煩わしさに囚われることもないという訳だ

お行儀は弱者のためだろうか? ひたすら自由を尊び謳歌したい人にとってはそうだろう
しかし、ウクライナでは国を守るために死んでいく仲間を悲しむ若者がいると聞く
彼らは国際法違反をするロシアと命を掛けて戦っているではないか? これがマナーのためでなくて、なんだろう?
マナーこそ、愛だ。愚か者同士が死んでも誰も悲しむ必要などないが、マナーがあるからこそお互いに幻滅せずに、死んでいく人間のために涙を流せるのだ


自由詩Copyright 鏡ミラー文志 2026-02-26 18:34:09
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