小説の習作 原稿用紙三頁 #14
田中教平
ユウスケは現代詩人会の表明文と睨めっこしていた。
「わたしたちはロシア.プーチン大統領に起因する不条理に反対し、ウクライナの人々の安全と平和を強く望んでいます」
ウクライナ侵攻が始まって四年になる。そもそも、ユウスケは以前「プーチン」の語を用いた詩を発表した事がある。退院したての頃で、まだ、電気の保安の仕事をはじめたばかりの頃だったから、二年前になる。
どんな詩だったか。彼はある時期から一切を清算してしまったものだから分からない。思いかえしてみるに、冒頭から「プーチン」の語を使用していた。しかし、別段、プーチンを批難する為に、その語を用いたわけではなかった。安倍晋三がまだ殺害される前に、彼の事を『黒い心臓』と非難した作家を、彼は知っていた。それを読んで違和感を覚えた事もあったし、センセーショナリズムに走り過ぎているとも思った。第一、安倍晋三が読んでいたら、それは哀しかったろうと思われる。
少し話はずれるが、ユウスケの家は浄土真宗本願寺派であった。しかし新しい住居は日蓮修行の地に近かった事もあり、近くの書店には主に日蓮宗徒の為の書籍や、法華経解釈についての本を沢山置いてあり、彼は目が開かれる思いであった。
まあともかく、彼は詩作品中、プーチンについてこう言及したかったのである。根本的に、プーチンも、私も、同様に愚かであると。
いや、人間というのはそもそも愚かであると書きたかったのだが、詩、という性質上、そこまで踏み込めなかった。それがいけなかった。
真意を問いただされ、人間はそもそも愚かであるとは何事か、というお叱りの連絡を受けた。それから、プーチン、と私、を同列に並べるのは宜しくないという意見を頂いた。
地元の詩会では明確に拒否されるだろうと考えて彼はその作品を引っ込めた。
しかし、インターネット上からその作品を引っ込める事を忘れてしまっていた。こうして彼は、入院するわ、退院しては手厳しくやられるわ、地元の雑誌に他の作品を創作し直さなければならなくわるわ、本当にてんやわんやになってしまった。「プーチン」と一語書いただけでトラブルに巻き込まれた形になってしまったのである。
しかし、その詩の大本の主題は、病院に入院中食べたアイスクリームが死ぬほど美味しかった事にあった。なんせ彼はそのとき、参っていたし、病棟生活では自由も限られていたから。
その事を汲んでくれて、良い詩だと褒めてくれたのは、一人の高校生だった。今、彼が何をしているか知らない。この時から既に、ユウスケ、彼は詩に捨てられる運命にあったのかも知れぬ。
現代詩人会の表明を改めて眺め、その結果が強くなってゆくようであった。
後日談
お叱りの連絡をいただいた方と実際お会いすると、三島由紀夫が割腹した事件を受けて、氏の全集を揃えて愛読している、という人物であった。今でも度々蕎麦をご馳走になっている。