現代詩人会HP冒頭声明文
洗貝新
声明文
「わたしたちはロシア.プーチン大統領に起因する不条理に反対し、ウクライナの人々の安全と平和を強く望んでいます」
この声明文に対して、プーチン大統領を名指しで批判することには、紛争の全責任を単一の人格者に集約し押し付けるものだ、として批判的な意見を寄せる者たちが何人か見受けられる。
勘違いしてもらっては困るのだ。
人格者とはどういう意味で発言しているのか。
もちろんプーチン大統領自身も人間として一人の人格者だが、この反対する意見の持ち主には人格者という不可欠な要素の定義が抜け落ちている。
現代詩人会による声明文をよく考えてほしい。
彼らの発する声明内容には人格者として批判的に言明しているわけではないのだ。
人格者の持ち主でもあろうプーチン大統領個人に向けて批判しているのである。
戦火を拡大に向かわせる攻撃に踏み込んだ。
多くの都市や人々の命を犠牲にした。
そのような人物が果たして人格者として価値(あたい)し得るのだろうか。
文言に反対する者たちはこのことをよく考えてから意見すべきである。