『風の祈り ― 鬼吉と澄乃』 第四章:不可視の抱擁
板谷みきょう

春の宵。

突如として村を襲った猛烈な風が、
札を嘲笑うかのようにめくり上げ、
泥と雨、遠い冬の名残を運ぶ。

澄乃は飛び出した。

風の唸りの中で、聞こえたような声……

「姿なんぞ、いらねぇ。
澄乃をあっためられるなら、風でいい」

吉の声か、それとも幻聴か。

長い年月、
胸を塞いでいた重みが、
音を立てて崩れ落ちた。

吉は鬼の肉体を捨て、
想いそのものとなって結界を突き抜けた。

風は一度だけ、
氷の冷たさと日だまりの温もりで
彼女を抱きしめる。

姿は見えぬが、その存在は
「風」という形で村を通り抜けた。

不可視の侵入者は、村の平穏を永遠に
「誰かの気配」へと変えてしまったのだ。


散文(批評随筆小説等) 『風の祈り ― 鬼吉と澄乃』 第四章:不可視の抱擁 Copyright 板谷みきょう 2026-02-21 21:20:42
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