おじいさんのクリスマス
板谷みきょう

小さな町の裏通りに、古びた時計屋がありました。

店の奥には、白いひげのおじいさんが座っています。

細い目で、時計の針と歯車を見つめながら、
ゆっくりと手を動かしていました。

暮らしは楽ではありません。

けれど、おじいさんは
子どもたちが持ってくる安物の時計も、
決して断りませんでした。

「どうしてそんなに丁寧に直すの?」

ある子が聞きました。
おじいさんは笑いました。

「時計が狂うとね、心もいそいそと急いでしまうんだよ。
こうして整えておくと、明日が少しだけやさしくなるんだ」



町には、もう一人、よく知られた人がいました。
大きなチョコレート工場の社長さんです。

クリスマスになると、駅前広場の大きな時計塔の下に、
立派なツリーを立てて、工場のあまくておいしい
お菓子をたくさん配りました。

新聞には、こう書かれます。

――町のために尽くす立派な人。

人々は拍手を送り、社長さんは満足そうに微笑んでいました。

けれど、カメラの列が去り、広場に一人になったとき、
社長さんはふうと、重い溜息をつきました。

その横顔は、
誰にも見られぬまま、雪のなかに消えていきました。



その冬、おじいさんは病に倒れました。

近所の人たちは、交代で世話をしました。

仕事の合間に、買い物をし、
薬を運び、部屋をあたためました。

「お互いさまだよ」

そう言いながら、みんなは帰っていきます。
おじいさんは、うすく目を開けて天井を見つめました。

(わしは、何も返せていない。みんなに、もらってばかりだ)

クリスマスイブの夜。
部屋の隅に、やわらかな光が差しました。

「願いを一つだけかなえてやろう」

光の中の声が言いました。

おじいさんは、少し考えました。

「……明日の朝、わたしを必要としている人の胸に、
わたしにだけ見える花を咲かせてください」



翌朝。
おじいさんは、重い体を起こして町へ出ました。

駅前広場の時計塔の下では、
今年も社長さんが贈り物を配っていました。

おじいさんは、そっと人々の胸元を見つめました。

けれど、花は見えません。

世話をしてくれた近所の人の胸にも、
店に来ていた子どもたちの胸にも、
花はありませんでした。

おじいさんは、雪のなかを力なく歩きました。

(わしは、誰の役にも立っていなかったのだな。
誰からも、必要とされていなかったのだ)

日が暮れました。

おじいさんは、自分の部屋へ戻りました。

「……誰の胸にも、花はありませんでした」

おじいさんは、静かに目を閉じました。

すると、あの光の声がささやきました。

「……そうか。では、鏡を見てごらん」

おじいさんは、驚いて古い鏡をのぞき込みました。

そこには、今にも消えてしまいそうな、
小さな、けれど誇らしげに咲く一輪の花が、
おじいさん自身の胸に咲いていました。

「……わしの、胸に?」

おじいさんが問いかけても、
光はもう何も答えませんでした。

おじいさんは、
自分の胸の花を見つめたまま、
やがて深い眠りにつきました。

その横顔は、とても穏やかでした。



翌朝、町の人たちは気づきました。

時計屋の明かりが、もう灯らないことに。

広場のツリーは片づけられ、
新聞の記事も新しい話題に変わりました。

けれど、あの日時計を直してもらった子どもは、
駅前広場の時計塔の下で、自分の時計を耳に当てました。

カチ、カチ、カチ。

「……まだ、動いてる」

その子は、自分の胸をそっとさわりました。

雪は、静かに降り続いていました。

駅前の時計塔は、今日も変わらず、時を刻んでいます。


散文(批評随筆小説等) おじいさんのクリスマス Copyright 板谷みきょう 2026-02-19 15:45:24
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