おじいさんのクリスマス
板谷みきょう
小さな町の裏通りに、古びた時計屋がありました。
店の奥には、白いひげのおじいさんが座っています。
細い目で、時計の針と歯車を見つめながら、
ゆっくりと手を動かしていました。
暮らしは楽ではありません。
けれど、おじいさんは
子どもたちが持ってくる安物の時計も、
決して断りませんでした。
「どうしてそんなに丁寧に直すの?」
ある子が聞きました。
おじいさんは笑いました。
「時計が狂うとね、心もいそいそと急いでしまうんだよ。
こうして整えておくと、明日が少しだけやさしくなるんだ」
*
町には、もう一人、よく知られた人がいました。
大きなチョコレート工場の社長さんです。
クリスマスになると、駅前広場の大きな時計塔の下に、
立派なツリーを立てて、工場のあまくておいしい
お菓子をたくさん配りました。
新聞には、こう書かれます。
――町のために尽くす立派な人。
人々は拍手を送り、社長さんは満足そうに微笑んでいました。
けれど、カメラの列が去り、広場に一人になったとき、
社長さんはふうと、重い溜息をつきました。
その横顔は、
誰にも見られぬまま、雪のなかに消えていきました。
*
その冬、おじいさんは病に倒れました。
近所の人たちは、交代で世話をしました。
仕事の合間に、買い物をし、
薬を運び、部屋をあたためました。
「お互いさまだよ」
そう言いながら、みんなは帰っていきます。
おじいさんは、うすく目を開けて天井を見つめました。
(わしは、何も返せていない。みんなに、もらってばかりだ)
クリスマスイブの夜。
部屋の隅に、やわらかな光が差しました。
「願いを一つだけかなえてやろう」
光の中の声が言いました。
おじいさんは、少し考えました。
「……明日の朝、わたしを必要としている人の胸に、
わたしにだけ見える花を咲かせてください」
*
翌朝。
おじいさんは、重い体を起こして町へ出ました。
駅前広場の時計塔の下では、
今年も社長さんが贈り物を配っていました。
おじいさんは、そっと人々の胸元を見つめました。
けれど、花は見えません。
世話をしてくれた近所の人の胸にも、
店に来ていた子どもたちの胸にも、
花はありませんでした。
おじいさんは、雪のなかを力なく歩きました。
(わしは、誰の役にも立っていなかったのだな。
誰からも、必要とされていなかったのだ)
日が暮れました。
おじいさんは、自分の部屋へ戻りました。
「……誰の胸にも、花はありませんでした」
おじいさんは、静かに目を閉じました。
すると、あの光の声がささやきました。
「……そうか。では、鏡を見てごらん」
おじいさんは、驚いて古い鏡をのぞき込みました。
そこには、今にも消えてしまいそうな、
小さな、けれど誇らしげに咲く一輪の花が、
おじいさん自身の胸に咲いていました。
「……わしの、胸に?」
おじいさんが問いかけても、
光はもう何も答えませんでした。
おじいさんは、
自分の胸の花を見つめたまま、
やがて深い眠りにつきました。
その横顔は、とても穏やかでした。
*
翌朝、町の人たちは気づきました。
時計屋の明かりが、もう灯らないことに。
広場のツリーは片づけられ、
新聞の記事も新しい話題に変わりました。
けれど、あの日時計を直してもらった子どもは、
駅前広場の時計塔の下で、自分の時計を耳に当てました。
カチ、カチ、カチ。
「……まだ、動いてる」
その子は、自分の胸をそっとさわりました。
雪は、静かに降り続いていました。
駅前の時計塔は、今日も変わらず、時を刻んでいます。
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