影の声
後期

朝から頭の中が少々騒がしい。

騒がしいが、音はしない。
音がしないのに騒がしいのは妙だと思う。
だが、妙だと思えるうちは、まだ大丈夫である。

もっとも、「まだ大丈夫」と声が急く。
急くということは、理由があるのだろうか。
理由があるなら、騒がしいのも当然だ。
しかし、音はしない。

音のない騒がしさは、騒がしさと呼んでよいのか。
呼んでよいかを考えているのが、そもそも騒がしい。

つまり私は、騒がしさの定義に手間取っているにすぎない。
定義に手間取るのは昔からの癖で、癖なら平常である。
平常なら、やはり大丈夫。

だが、「やはり」と言い直すのはなぜか。

一度で足りぬのは不安があるからだろう。
不安があるということは、やはり騒がしい。

堂々巡りである。

堂々巡りと気づくのは、外から見ている証拠だ。
外から見ている者がいるうちは、内側はまだ崩れまい。
しかし、外から見ている者もまた私である。
二人の私が、頭の中で少々押し合っている。

混み合っているが、音はしない。
音がないのに混み合っているのは妙だ。
妙だと思っているうちは、大丈夫である。

この「大丈夫」が頻繁に出てくるのは、心細さの証拠だ。
心細いと書けるのは、冷静だからである。
冷静だから、心細いなどと記録できる。
記録できるのなら、やはり大丈夫である。

しかし、大丈夫を積み重ねすぎると、
大丈夫の影が揺れて見える。
揺れるのは、疑う力がある証拠だ。
疑う力があるのは、健全の証拠だ。

だが、健全な証拠があるからといって安心してよいのか。
いや、そうとも言えまい。
どこかに黒い手があり、すり替えられたかもしれないじゃないか。
如何にもありそうな処に、証拠をソッと置く組織ぐるみの黒い手だ!
私印満載の、見覚えのない捏造の物証が、健全の顔をして私を貶めようとしているのではないか?

君には黙秘権がある!

朝から頭の中が冤罪で少々騒がしい。

騒がしいが、音はしない。
音がないのに騒がしいのは妙だ。
だが、妙だと思えるうちは、大丈夫ですよ、と弁護士が漸く囁いてくれる。

「くれぐれも、田中さんが、よろしく頼む、と言っていました」

頭の中、繋がれた私に、弁護士は呟いた。




自由詩 影の声 Copyright 後期 2026-02-18 21:38:56
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