詩を書かずに眠る夜がある
白
若い頃はこの世に自分の欠片が、砂糖ひとつぶでも残れば良かった。私にとって、生きるということは、それぐらいの些細なのだ。目が覚める。お茶碗にご飯粒を一つも残さずに食べ終える。味噌汁の溶け残りを残す。アイスクリームのコーンを食べる。ココアにマシュマロを浮かべて、バナナを焼く。紅茶を淹れて牛乳を注ぐ。
この世に砂糖ひとつぶも自分が残らなくても、良いと思う時がある。自分よりも幸せな人を知る時。その幸せをぶち壊す自分という悪夢が消えてしまえばいいのに、と。憤怒ではない。嫉妬でもない。あまりに静か過ぎて、それに絶望という以上に相応しい言葉を与えた詩人はいないのじゃないかという気がする。彼の前からいなくなりたい。彼がいなくならないなら、美しいその姿のまま殺してやる。
結局残りたいのか、残りたくないのか。そんなことは神が采配することなのだ。私はぼんやりと空を見上げる時、神と話しているのかもしれない、と思わずにいられない。月まで行かなければ、この星の美しさに気付けないのか。何度でも焼き直される永遠の、涙もひとつぶだな、急行に乗り換える人々の流れに乗る。
その頬に愛の涙ひとつぶ零せたら、この想いにも終わりが来るのだろうか。日がなあなたの陰を探している。ふらつく足取り、街路樹の囁き、他愛ない会話の波、背中、怖くて震える私をあなたがいつか見付けたら、そんな恐怖に憑りつかれながら笑っている。手を伸ばしたら、私、そこにいるけど、嘘があなたに私を信じさせないから、きっと何にも届かないのよね。
砂糖ひとつぶ、涙ひとつぶ、地球ひとつぶ、雨ひとつぶ。時も砂のひとつぶだと歌った詩人がいたな。私ひとつぶ。この世に残れるのなら。君のてのひらの上に光る、ダイヤのかけらになれれば良かったのに。ダイヤはダイヤになるまでに、どれぐらい苦しんだだろう?私を信じないのは、あなただと、分かっている、それでも湧きだした源流は乾くことなく、皆、海に帰り着くまで流れを止めないのだ。
ただそれだけのことに、云と言って自分を眠らせることをした日。あなたなんて存在しない、そもそもとっくに何も望んでいない、全てを受け入れて翼を畳む日。毎日がそうであればいいのにと思う。ひとつぶですらなくなっても、この世にあろうとする私の命が、何かの苗床のように静かになる日だけになればいい。そうであれと願い続けて、やっぱり死ねない。死ねないということは、生きるということだろうか?