詩情のプロセス
ホロウ・シカエルボク


夜明け前の死地を思わせる薄暗さが窓に張り付いて嗤っていた、さっきまで見ていたとりとめもない夢がまだ脳味噌の中で甲虫のように這い回っていて、システムは思い通りに稼働していなかった、身体を起こすのはもう数十分は先の話になりそうだ、喉が渇いている、この前病院の待合で読んだ雑誌で高名な医師が人間はもっと水を飲むべきなんだと話していた、でもそれが本当かどうかなんて誰にもわからない、水を飲み過ぎるのは良くないと話しているやつもいる、真実なんて結局、無数にあるものの中からどれかひとつを選ぶというゲームに過ぎないのだ、人生は選択型のゲームだ、例え自由に生きる方法が百通りあったとしても、選べるものはたったひとつしかない、そう言うとネガティブな印象になるかもしれない、けれど、その時選べなかったものを次の瞬間に選ぶことは出来る、選択肢は常に表示されている、選ぶタイミングと、項目、それが少しずつ未来を変化させていく、俺は身体を起こす選択をする、喉が渇いているのだ、水を飲まなければ与太話を続けることもままならない―顔を洗い、水を飲み干す、水道管で冷えた冬の水が身体のどの辺を落ちているのか容易に感じることが出来る、その感覚は胃袋の底で途端になきものになる、ウォーター、と叫んだヘレンケラーの気持ちは俺にはわからない、でも、言葉を実感することの喜びは理解出来るかもしれない、言葉にとり憑かれているのだと思う、あるひとつの基準によって選択され配列された言葉は、脳内に得も言われぬ快感を呼び起こす、それを何と呼べばいいのかずっと考えていた、でも結局、それはポエジーという言葉でいいのだという結論に落ち着いた、それは詩や歌の歌詞だけの話では無くて、例えば映画やドラマでもいい、絵画でもいいし造形だって構わない、ポエジーがそこで息づいているかどうか、俺が何かを選ぶときの基準は必ずそこにある、ゴダールは映画監督だが、彼が描いているのは映画ではなく散文詩だ、言葉では無くてシーンが使われているというだけのことだ、ひとつことわっておくが、ポエジーというのは抒情性ということではない、もっと総合的な感覚のことだ、昔俺は詩が書けない人間はどんな風に始めればいいか、というような話をしたことがあった、例えば悲しいという感情があった時、それを悲しいと書かずにどんな風に表現すればいいのか考えろ、というような話だ、この話は賛否両論あった、でも、ポエジーの始まりなんてだいたいこんなところから生れているのだ、あるミュージシャンが昔こんなことをインタビューで言っていた、センチメンタルじゃなくてメランコリックなんだと、つまりはそういうことだ、選択肢ということで言えば、早い話にしないということ、たったひとつの言葉を幾つもの表現に分解するように挑めということさ、朝食の支度をする、そんなに手の込んだものじゃない、果物とボイルドエッグ、サーバーの中の三杯の珈琲、それだけさ、きちんとした食事は一日に一度、夜に摂るだけ、人間が身体を使って生きていた時代じゃない、朝昼晩に三食は行き過ぎている、それが昔からの俺の感覚だ、昔この話をある人間に真っ向否定されたことがあった、自分は栄養学の知識もある、それは絶対に間違っている、人間は一日に三度食事をしないと健康に生きることなど出来ない、でもその主張をしていた男は酷く太っていたし、白目も澱んでいて薄汚かった、歯だってほとんどなかった、昔のギャグマンガに出て来るいけ好かない野郎みたいなルックスだった、セオリーは自分で作るものだ、これが良いからと既存のものを売り物にしていたら結果に気付けなくなる、それに自分で作ったものでなければ、自分で変更することだって出来ない、状況を把握すること、自分の程度を把握すること、それを維持、また向上させるにはどんなことをすればいいかと考えること、生きものであれば当り前に出来ることを当たり前にやればいいのだ、自分自身として生きることをちゃんと考えればいい、徒党を組んでひとつのイデオロギーを声高に叫んだところで何も変わりはしない、一人一人が自分として生きることをきちんと考える以外に世界を変える方法はない、でも俺はそれを誰にも教えることはない、教えたところで彼らは自らを閉じ込めた檻の鍵を開けることは出来ない、自分が存在する世界の枠内だけにあるものを選んで生き続ける、人生を制限することで確信を得る、本末転倒だ、音楽は楽譜から始まったわけじゃないと口にしたロッカーが居た、俺が言いたいのもだいたいそういうことだよ、後追いじゃない、もっと先に行ける方法を探さなくちゃ駄目なんだ、形式やジャンルを飛び越えて行けるところまで行くのさ、時々は自分で自分のことを確かめる時間を作って、その先の方針を決めるんだ、でも差し当たって俺がしなければいけないことは、食った皿を綺麗に洗って乾かし、集めた生ゴミを集積所に持っていくことさ。


自由詩 詩情のプロセス Copyright ホロウ・シカエルボク 2026-02-15 09:28:59
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