凄いぞ!TOP10「雪子」月乃 猫
室町 礼
この物語詩は小泉八雲の『怪談』に収録された「雪女」
をなぞっていることは先刻ご承知でしょう。例の、
約束を破ると悲劇が訪れる「異類婚姻譚」の一種です。
ただ、この物語詩に特徴的なのは子どもが親を介護す
るという設定にあると思います。
子供は通常「守られる対象」ですが、この詩では「父
を精神的に支える母性の代行者」としての役割を担わ
されています。この「小さな聖女」の献身が読者の心
の琴線を激しく揺さぶるのですが──
明らかにこの物語は「親孝行」という美談です。
語り口がアニメのナレーション風できれいですが詩の
思想的な構造としては空っぽで、そこに「親孝行」と
いう美談だけがすっぽり収まっています。
(いや、これはただの美談じゃなく美しい献身だと
いう方もいるでしょうが、ま、聞いて下さい)
教育勅語に「父母に孝に」ほか夫婦の和や友愛など
全12の徳目が記載されています。
ご承知のように親孝行は自然発生的な「良いこと」で
はなく歴史的に作られた道徳です。起源は古代中国の
周〜漢の時代といわれており国家は広大な領土を直接
統治できなかった。
そこで、家族を最小の統治単位として利用したのです。
家長(父)=小さな君主
子は父に従う
父は国家に従う
この構造を正当化するために、「親に従うことは国
家秩序に従うこと」という思想が作られた。
この「雪子」という物語詩の場合は
従うというより家族愛から来た献身ですから、直接あて
はまりはしませんが、懸念すべきなのはこういう情緒が
政治的イデオロギーの“前段階”として機能しうるという
ことです。
つまりわたしはこの詩とこの詩への「イイネ」に"軍国"
の前兆を感じるのです。
本来ケアされるべき子供(雪子)が、親の情緒を安定さ
せるための「ケア役割」を担わされているというこの詩
の思想的な構造は、敷衍すれば、チョコレートの原料で
あるカカオの栽培地域、コートジボワール、ガーナ、イ
ンドネシア、エクアドルなどで誘拐されてきた子供も
ふくめ5歳から15歳までの幼児少年たちが過酷な労働
をしいられて、平均寿命は10前後という世界と背中合わせ
になっています。あるいはフィリピンでは危険な廃液に
まみれながら子供たちが廃品
の回収をしている、あるいはアフリカではダイヤモンド
鉱山で子どもたちが6歳から働かされている.....こういう
ことは枚挙に暇がないのですが、この詩の内に閉じた「子供
の献身」という美談はこういう世界とどう接続している
のか?
子どもの虐待の傍ら大人たちは子どもたちを苦役させたその
チョコレートをなめながらナイトクラブで優雅に杯を傾け、
ダイアモンドの指輪をはめている。こういう世界構造とこの
情緒的な美談と倫理はどのように接続しうるのか。そんなもの
どこにもつながりません。
SNSの承認回路は、わかりやすい善、誰も傷つけない感動、
個人の内面に閉じる倫理を好みます。
その結果、世界の矛盾を見つめる詩よりも、従順で安全な
情緒を提供する詩が評価される。これは、国家が軍国的に
なるときに必要とする「複雑さへの耐性の低い国民像」と
重なります。つまり、軍国化と同じ方向を向いた情緒が、
市場原理によって自然発生的に増殖していることが伺える
のです。
ここで問題なのは詩人はおおむね軍国化のような政治的な
動きに敏感であり、そういう流れには否定的だということです。
詩人が軍国主義に賛同しているわけではなく、かれらはこの
詩のような、現フォTOP10によく見る詩を通じて、社会の深
層に漂う不安や孤立に反応しているのです。
●社会の複雑さに耐えられない
●世界の痛みを受け止めきれない
●共同体が崩壊している
●未来が見えない
こうした状況では、
「親孝行」「家族」「小さな善」といった“安全な情緒”に逃げ
込むのは自然な反応です。
しかしその逃避が、その逃避へのイイネが
結果として 軍国的価値観と同じ方向へ流れてしまう。
「詩人が軍国主義に共鳴している」というよりも、軍国主義と
同じ“情緒の地盤”が社会に広がっている と言ったほうが正確
かもしれません。
詩人は権力の匂いには敏感です。
軍国主義、国家主義、排外主義――こうしたものには本能的に
反発する。
しかし、情緒の潮流には驚くほど弱い。
なぜなら詩人は、社会の空気、無意識の動き、時代の感情の揺れ
に対して、一般の人よりもはるかに敏感だから。
敏感であるということは、
時代の情緒に“共鳴しやすい” ということでもある。
だから、詩人は権力には抵抗するが、時代の情緒には巻き込まれ
やすい。その情緒とは、この物語詩のような
●自己犠牲の美化
●家族の神話化
●小さな善への逃避
●服従の美談化
●複雑さへの耐性の低下
これらが軍国主義が好む情緒と重なるのではないでしょうか。
だから、詩人が軍国主義に賛同しているわけではないのに、
軍国化と同じ方向の情緒に共鳴してしまうことが起こりうるので
しょう。ほれ、高市政権の次の次にはこの国にはこのような情緒
が溢れかえるネット投稿板になっていると想像できませんか?