幾春別
伊藤透雪

 学校帰り、町に一つしかない音が出る横断歩道を、
わざわざ渡って帰ろうとしたら、横断旗が誰かに
盗られて無くなっていたのでがっかりした。
通学路は神社の山を横に見て、帰る道には線路が近い。
金網を覗くと珍しく回転台に蒸気機関車が留まって
いる。乗ったのは随分前だ。幾春別駅は小さな駅だが、
構内は広くて人道橋が渡っているほどだ。
鉄路は岩見沢へ向かっている。以前に何人かと秘密
の穴から潜り込んで構内に入り、レールに耳を当てる
と遠くに機関車の来る音が聞こえる事があって、男子
がはしゃいでいたのを思い出した。

 人道橋の手前でうちの工場だ。ただいま、と帰る
と鑿で板を削る父の背中が、おう、と言う。
遊びに行くなら場所言って行きなさいよ、と
母の声が奥から聞こえてくる。
私は、公園行ってくる、と言いながらランドセルを
放り投げると、外に出て道端の草を折って唇に咥え
ながら、妹はもう出て今いないと気づいてスキップ
しだした。気が楽だ。
友達と出かけ始めた妹は、行先を言わずに飛び出し
て、いつも父に怒られている。夕方、桂沢へ向かう
十字路で流れる「家路」が終わって暗くなるまで、
帰ってこないからだ。
両親は幾春別川の流れが急なのと、
滝があるから心配なのだろう。

 夏、公園に盆踊りの櫓が建てられ、父は上機嫌だ。
私と妹は浴衣を着せて貰う。青い朝顔の柄に、赤い
絞りの兵児帯を締める。帯板代わりに畳んだ新聞
紙が入っていて、格好悪いのが唯一の不満だ。
カランコロン下駄を鳴らして歩くと、それでも
嬉しい。
夕刻、公園には四方にピンクの提灯が明るく、
子ども盆踊りが始まる。櫓の上で、町一番大柄な
父が太鼓を叩き始めた。
  ドン、ドン、ドンカララ、ドドンガドンーー
子ども盆踊り唄が流れ、手拍子したり手の
ひらを返し、腕を横にしたりと、踊っていたら
足元の覚束ない妹を見て笑ってしまうと、
気づいた彼女が下唇を出して膨れていた。

ーーそよろそよ風牧場に街に 吹けばチラチラ
  灯がともる 赤くほんのり灯がともる、
  ホラ灯がともる シャンコ、シャンコ
  シャンコ 、シャシャンがシャン
  手拍子揃えてシャシャンがシャンーー

踊り終えて、子どもたちはお菓子をもらって
帰っていく。
ここから大人の本番だ。父の太鼓に合わせて、
揃いの浴衣でおじさん、おばさんたちが踊り
始めた。

ーーハァー北海名物、ハ、ドウシタドシタ、
  数々コラあれどヨー オラがナァー
  オラが国サのコリャ、
  ソレサナー盆踊りヨー

自分らの提灯に火を灯し、町外れの我が家
に向かうと、道路が真っ暗だ。
街灯が少なく、町中の店はもう閉めて
しまっているのだ。

 コスモスやアネモネが溢れ、植えられた
ダリアが咲く頃、工場の隣の丘は芝が
みっちり生えていて、寝転がるにはいい
具合だ。
トンボが青空いっぱいに飛んでいるのを、
飽きずに眺めていたら、カラスがたくさん
飛んで来た。向かいの山のお寺の方へ飛ん
でいく。
空が茜色になったので、工場へ帰る時間だ。
風が吹くと寒くなり始めた。
ススキがザアッと鳴った。



自由詩 幾春別 Copyright 伊藤透雪 2026-02-04 17:53:31
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