ショウヘイ
後期
今村昌平は、人間を撮っていた。
いや、撮っているというより、そこに居座っていると言った方が近い。カメラは回っているのだが、回っていることを主張しない。ただ、人と同じ重さで、その場にある。今村の撮り方は、いやにねちっこい。
人が失敗する瞬間を待ち、人が言い訳をしない時間を待ち、人が自分のだらしなさに気づかない瞬間を待つ。急がない。促さない。編集のことなど、考えていないように見える。
生活の中の人間は、ときどき落ち着かなくなる。
「こんなところ、撮って何になるんですか」と言いたげな顔をする。だが今村は答えない。ただ、カメラを下げない。その沈黙が、相手を少しずつ疲れさせる。
やがて、その人は元の生活に戻る。
だらしなく座り、無意味な動きをし、どうでもいいことを考える。その瞬間を、今村は逃さない。そこにだけ、人間がそのままの形で現れるからである。
「いいね、人間がちゃんと、だらしなくて」
今村は、誰にともなくそう言った。褒めているのでも、評価しているのでもない。
生活が、ちゃんと生活のままであることを、確認しているだけである。私はそれを見ていて、少し居心地が悪くなった。この撮影には、逃げ場がない。生活を美しくもしないし、悲劇にも仕立てない。ただ、だらしなさをだらしないまま、時間の中に置いておく。
カメラは回り続ける。生活も続く。どちらが主で、どちらが従か、わからなくなる頃、今村昌平はようやく満足そうに、ほんの少しだけ頷いた。その頷きが出たということは、その生活が、十分に人間であったということなのだろう。私は、そう思うことにした。
今村は、濁った水たまりを覗き込むような目つきで、「人間の業」を語り始めた。
「思想じゃない。信念でもない。腹の底で腐って、発酵して、知らん顔して噴き出すもんだ」
言葉は粘つき、空気に溶けず、場に沈殿していく。足元に溜まっていた濁りが、じわじわとかき混ぜられる。整理されるはずだった風景は、説明不能な臭気を帯び始める。「人間は、善悪の前に、まず生き汚い」
今村はそう言って、指で地面をなぞる。
そこには理論も構図もない。ただ、踏み固められた生活の跡がある。沈黙は、もはや純粋な形を保てない。
表面に付着した「業」は、洗い落とすことができず、黒光りしている。場はさらに濁る。誰も全体を見渡せない。しかし今村だけが確信している――この濁りこそが、人間が立っている唯一の地面だということを。
今村昌平は、少し鼻で笑ってから、黒澤の名を出した。敬称の「さん」を付けるところに、距離と癖がにじんでいる。「黒澤さんはね……きれいなんだよ。きれいに撮る。人間を」そう言って、今村は指先を拭うような仕草をする。まるで、土を払ってしまうのが惜しい、と言いたげに。「英雄がいて、覚悟があって、筋が通ってる。ああいうのは、立派だよ。立派すぎるくらいだ」一瞬、間が空く。その沈黙に、批判よりも、もっと厄介な感情が沈んでいる。「でもね、人間はそんなにまっすぐ生きない。腹は減るし、嘘もつくし、逃げるし、女も追いかける。」「黒澤さんの人間は、ちゃんと“立ち上がっちまう”んだ」今村はしゃがみ込み、地面を軽く叩く。「俺が撮りたいのは、立ち上がれない人間だ。いや、立ち上がる気もないやつだな。それでも生きてる。ずるずる、ねちねち、生きてる」
今村は、しばらく黙っていた。
否定しない。否定できない、という沈黙だった。
「……そうだな」
低く、腹の底から出すような声だった。
「七人の侍の、あの最後の泥は確かに、きれいだ。腹立つくらい、きれいだよ!」雨は叩きつけるように降り、百姓も侍も、転び、叫び、斬られ、泥にまみれる。だが画面は破綻しない。泥は泥でありながら、造形になっている。「普通ならな、あんな状況は臭いはずなんだ。汗と血と糞と恐怖で、目を背けたくなる」
今村は、指を舐めるような仕草をして続ける。「でも黒澤さんは、それを“闘い”にしちまう。
“生き様”にしてしまう。
泥まで、役者にするんだ」そこで、少し笑う。
悔しさと敬意が、同時に滲んだ笑いだ。
「俺が撮ったら、ああはならない。泥はもっと重くて、冷たくて、踏み外したら、そのまま沈む」
黒澤の泥は、踏み越えるための泥だ。
今村の泥は、絡め取るための泥だ。
「だからな……」
今村は顔を上げる。
「美しいんだよ。確かに。人間の、どうしようもなさまで、ちゃんと“映画”にしてしまう」
場に、妙な静けさが落ちる。否定も肯定も、もはや不要だった。清められた泥と、腐り続ける泥。どちらも人間で、どちらも、この場から逃げられない。今村は最後に、ぽつりと付け足す。
「だから困るんだ。
ああいう人が、同じ時代にいるとさ」
それは悪口でも、賛辞でもない。
同業者としての、どうしようもない実感だった。
黒澤は、ここにはいない。
だが、その不在が、かえって場を引き締める。
清流と汚泥が、同じ川の中で分かれたまま流れているようだ。
「どっちが正しいかじゃない」
今村は最後に、ぽつりと言う。
「ただ、俺は泥の方が、人間の匂いがすると思ってるだけだ」場はまた少し濁る。しかしその濁りは、否定ではなく、どうしようもない共存の証のように、静かに広がっていった。
今村昌平は、黒澤の映画そのものから、ふいに視線を外した。画面ではない。作り手でもない。椅子に座って、それを見ている「人間」の方へ、ぬるりと向き直る。
「でさ……問題はな、観客なんだよ」
声が、少しだけ低くなる。場の温度が一段、下がる。
「黒澤映画を観た観客は、あれを観て、気持ちよくなるんだ。泣いて、震えて、
“ああ、人間っていいな”って思って帰る」
今村は、そこではじめて、はっきりと笑った。
だがそれは、楽しそうな笑いではない。
「それが悪いって言ってるんじゃない。俺だって、何度も観てる。七人の侍だって、用心棒だって、
腹の底では、ちゃんと昂ぶる」
一拍置く。
「でもな……
観客は、立ち上がるんだよ。
映画が終わると、ちゃんと席を立って、
現実に戻る」
今村は、指で空をなぞる。
スクリーンと客席の境界線を引くように。
「黒澤さんの映画は、
観客を“救っちまう”んだ。
少なくとも、その二時間だけは」
場が、ざわつく。誰かが、思い当たる。
「英雄は死ぬ。
でも意味を残す。
農民は苦しい。
でも次の季節が来る。
そうやって、世界は、ちゃんと回る」
今村は、そこで言葉を切る。
そして、ゆっくり吐き捨てるように続ける。
「俺が撮りたい観客はな、席を立てないやつだ」
沈黙が、重く落ちる。
「終わっても、ズボンに泥が付いたまま、何かが喉に引っかかったまま、家に帰っても、飯がうまくない」
それは映画の敗北ではない。今村にとっては、成功だ。
「観客まで含めて、人間なんだよ。きれいに観て、
きれいに帰れると思うな」
誰も口を挟めない。
黒澤の影も。
場は、完全に濁った。
だがその濁りは、スクリーンの外へ、確実にはみ出している。今村は最後に、ぽつりと付け加える。
「だから危ないんだ。
黒澤さんは。
あんなに美しくて、
あんなに強い映画を、
観客に渡しちまうからさ」
それは告発であり、
同時に、どうしようもない羨望だった。