OZさん
後期
フェリーニが言った。
「映画はね、サーカスだよ。象がいて、道化師がいて、最後はみんな死んだふりをする」
アントニオーニが言った。
「いや、映画は空白だ。人間がいなくなった後に残る、風の通り道だ」
二人が言い終わる前に、映画史そのものが割り込んできた。
しかも急に二十歳くらい若返っていて、縦長の画面を掲げている。
「ちょっと黙って、今バズるから」
映画史は踊り始めた。
『長回しチャレンジ』というハッシュタグをつけて。
背景では《カット》と《長回し》が人格を持ち、
「お前のせいで観客が減った!」
「お前のせいで思考が死んだ!」
と殴り合っている。
そこへアルゴリズムが降臨した。
神である。
旧約でも新約でもなく、利用規約から生まれた神だ。
アルゴリズム神は言った。
「再生数の多いものが真理である」
――その瞬間、コメント欄が口を開いた。
黒澤明が怒鳴る。
「人間を撮れ!人間を!」
ゴダールが即座に返す。
「いや、映画を壊せ!」
しかし二人の台詞は、
無数の匿名に噛み砕かれ、
即座に再投稿され、
誤読され、
切り抜かれ、
炎上用フォントで拡大された。
〈老害〉
〈才能はあるが今の時代に合ってない〉
〈これだからフィルム世代は〉
〈どっちも知らんけどエモい〉
〈長回し=眠い〉
〈カット多用=浅い〉
〈結局タルコフスキー最強〉
〈いや黒澤はアクション映画〉
〈ゴダールはYouTuber〉
🔥🔥🔥🔥🔥
👍👍👍👍👍
👎👎👎👎👎
コメント欄は分裂し、
派閥を作り、
互いに通報し、
互いをブロックし、
それでも同じ画面に蘇った。
誰かが叫ぶ。
〈小津は?〉
〈地味すぎ〉
〈何も起きない映画〉
〈でも泣いた〉
〈意味わからんけど正座した〉
その騒音の中で、小津安二郎は黙って座っていた。
畳の上だ。
カメラは低い。
とても低い。
フェリーニが聞く。
「小津さん、あなたはどう思う?」
アントニオーニも見る。
映画史も一瞬、TikTokを止める。
小津はゆっくり言う。
「まあ……そんなに急がなくてもいいんじゃないでしょうか」
次の瞬間だった。
〈この沈黙、意味不明〉
〈発言が少なすぎる〉
〈建設的でない〉
〈議論に参加していない〉
〈存在感が薄い〉
〈これはスパム?〉
アルゴリズム神が頷く。
「基準に満たない」
通知が一行、冷たく表示される。
〈このアカウントはコミュニティガイドラインに違反しました〉
理由は書かれていない。
あるいは、
「何も起こらない」こと自体が
最大の違反だったのかもしれない。
小津の名前は消え、
畳も、湯呑みも、
低いカメラ位置も消えた。
フェリーニは苦笑する。
「静かすぎたかな」
アントニオーニは空を見たまま言う。
「消え方としては、正しい」
コメント欄はさらに荒れ、
BANを正当化し、
BANを批判し、
どちらも再生数を稼いだ。
アルゴリズム神だけが満足そうだった。
沈黙は測れない。
だが、
沈黙を排除した数字は
完璧だったからだ。
カットはかからない。
長回しも終わらない。
ただ、
小津の席だけが、
永遠に空いている。