河童伝・第二話「皿の水は誰のもの」
板谷みきょう
三郎が消えてから、村は確かに救われました。
ぬらくら川は牙を収め、堤は崩れず、田は実り、子どもらは裸足で川を渡るようになった。人々は言いました。
「河童三郎は、神さまになった。」
そう口にするたび、胸の奥が少し軽くなる言葉でございました。
けれども……川が静まった翌年の夏、村で奇妙なことが起き始めます。
井戸の水が、減らぬのです。
雨が降らず、川の水位が下がっても、井戸だけは満ちたまま。汲めば汲むほど澄み、しかも、飲めば胸の渇きだけが癒えぬ。腹も喉も満たされぬ、不思議な水でした。
村の古老が、ぽつりと言いました。
「……皿の水だ。」
あの割れた皿の欠片が、いつの間にか井戸端に置かれていたのです。誰が運んだのか、誰も覚えておりません。ただ、欠けた縁に水を注ぐと、溢れぬまま、いつまでも揺れていた。
その水を使うと、田はよく実りました。病も減り、家畜も倒れなくなった。村は次第に、その水を“ありがたいもの”として使い始めます。
ところが
その年の終わり頃から、人々は夢を見るようになりました。
水の底に立つ自分の姿。
皿を抱え、川に戻れず、空も仰げず、足元の土だけが崩れていく夢。
目覚めると、胸の奥に、理由のわからぬ渇きが残るのです。
ある晩、子どもが泣きながら言いました。
「井戸の中で、誰かが数を数えてる。」
耳を澄ますと、確かに聞こえる。
一つ、二つ、三つ……
それは水を汲んだ回数でも、救われた命の数でもない。奪われた“居場所”を、確かめる声でございました。
ついに村は、皿の欠片を川へ返すことにしました。
けれど、川に投げ入れても、欠片は沈まず、ふわりと浮かび、岸へ戻ってきてしまう。
そのとき、婆さまが言いました。
「返す先が、もう無いんだべ。」
村人たちは、ようやく悟りました。
三郎は神にもなれず、妖怪にも戻れず、ただ“使われ続ける存在”になっていたのだと。
夜明け前、村は一つの決まりを作ります。
井戸の水を汲む前、必ず皿に一滴、返すこと。
すると不思議なことに、井戸の水は少しずつ減り、代わりに、川がわずかに息を吹き返しました。
それ以来、村ではこう言い伝えられております。
「水は、借りるものだ。」
三郎の名は、もう神としては呼ばれません。
ただ、夜更けに水を汲む者だけが、欠けた皿に向かって、声にならぬ礼を置いていくのでございます。
……それが、誰の水だったのかを、忘れぬために。
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