ておてお
歌留多カタリ

デオニシスの山脈はとても越えられぬ
ひとつになってひとりになって
ておておの春に出逢う
はらりと落ちる涙の中を
通い合う過ぎし日を想うたびに

空秋が雄叫びをあげる
ライラックの落葉
掌に満たされ柔らかくなっていく
包まれていく
つま先立ちの稲妻

野に放たれた犬どもを走らせる
いくつもの時代を手折り
ぬくもりのなかを濡れ渇き墜ちていく
わだちの煙と干し草の匂い

深く吸い込むほど拡がっていく血の匂い
拡げようとするものは誰一人応えぬ
逃げようとするものは誰一人呼び止められぬ
誰一人疑わぬ世を生きて
うたかたに揺れ動く影に怯え
語り合う者
そねみ合う者
寄り添う者らをして
牢獄から引きずり出され
心の闇に群がる者ら
今また冷たいておておの雨に打たれよ

乾いた叫び声がポキリと折れる
電子の野に放たれた犬どもの遠吠え
懐かしさに溢れる空の果てで
ておておの羽ばたきに呼応することはない

ねむの木の木陰にたち現れ
そこにあるもものはあるものとして争われ
なきものはなきものとして
なきものにされてしまう
そのものたちは争わぬものたちである
争わないで欲しいと願い
争うべきではないと叫んでいる

ああそれでもあなたは
そのものたちのなかで
今もひとり
いつもいつまでも
くよくよして
どうでもいいことに悩まされている
どうしようもないことに怒っている

ておておのときめく春かすみ
ておておのひなた水夏いずこ
ておておの夜空に滲む
背中合わせの貫通銃創の傷跡のように

いつまでも小手をかざして
青空におののき 
哭き
叫び続ける
ておておを待ちながら


いつもいつまでも心穏やかな
あなたとは他の誰でもありはしない
あなたこそ
ておてお
てふてふ
ちょうちょうの空の高みへ
舞い上がるべきなんだ

軽やかに
音もたてずに
生きている
いつもいつまでも
たったひとり
そこにじっとして
羽根を閉ざして

ひとり旅を続けるそのものの温もり
めくられる歴史の葉脈の明礬(みょうばん)の
裏側に乾いたペン先でひっそりと刻印される
あなたというありふれた無名の
透明な息吹に巡りあいたい


自由詩 ておてお Copyright 歌留多カタリ 2026-01-15 13:42:34
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