いのちの重さ
りつ
昨日、今日と死体を眼にした
昨日はハクビシンの死体
道路に面した川沿いの土の道で
無造作に死んでいた
傷ついた様子は無かったから
跳ねられたわけではなさそうだ
小さい個体
おそらく成獣ではない
寒さと飢えで死んだのだろうか
空洞の眼にはひかりが無い
気づかず通り過ぎようとした途端
気づいて小さく悲鳴を上げた
今日はベランダの木瓜の鉢植えで
カエルが干物になっていた
傍らには
腹を食い破って出てきたかのような
卵がしっかり枝に付いてる
何処から来たカエルだろう
二階のベランダまで来て
卵を産んで死んだのだろうか
ここんとこ
雨やら雪やら降るもので
水やりをしてなかったら
いきなり干物になっていた
ハクビシンとカエルでは
同じ死体でも
受け取り方がまるで違った
ハクビシンは禁忌や悼むべきものと
受け取った
一方カエルは観察対象だ
同じ哺乳類だと
どうも感情移入してしまうようだ
日頃、博愛であろうとしていても
いのちの重さには違いがある
友人は
真夜中に猫が飛び出してきて
猫を避ければ老人を轢くという場合
迷わず猫を轢くと言っていた
思い入れの差かもしれないが
いのちには軽い重いがある
近しいひとが穏やかに亡くなると
涙が出るが
電車で誰かが飛び込み自殺をしても
ご迷惑だと思ってしまう
自国民の死は気になるが
遠くの戦争は
うっすらとしか感じない
どのみち
ひとは
いのちを食べて生きる存在だ
私の中で
明らかにいのちの軽重がある
動かしがたく否定できない