無題
山人

 十一月末でグリーンシーズンの日雇い業務は冬季解雇となり、十二月十日から無人駅の除雪作業員として三月半ばまで勤める。もっと働かせてもらわないと生活出来ないと訴えた、古希を過ぎた方が常勤スタッフとして増員されたため、従来より勤務している我々は一月(ひとつき)に十五日程度しか働けなくなった。加えて、シーズンの始めや三月などは降雪があまり無いであろうとする考えからか、かなりスカスカのシフトとなっている。結局トータル四十五日しか働けなくなった。かつては一冬に八十日は働けたが、JRは下請けに丸投げし、その間に天下りの会社が数社入った。その末端か我々だ。要は、削れるところは多少のリスクがあっても削るということで、その言い訳として、事故防止という大義名文が発令されるのである。結果、スカスカシフトというわけだ。ただ高齢者の身、二日働き二日休めるのはありがたい。その間に自宅やら家業宅回りの機械除雪も十分できる。手取り金額は減るが、質素に一食抜いたりすればたいしたダメージは無いと考えている。が、やはり経済的には痛い。 何はともあれ、今年もなんとか凌いだ。健康と不健康の際あたりをごまかしながら。

 今年と来年を無理やり区切るためにカウントダウンなる俗っぽい番組が目白押しとなる時期になった。あまり白けた事を言うのは人間的ではないかもしれないが、要は日付が替わるだけだ。もう何の感慨もない。
 近くのスキー場も二〇二〇年シーズンから廃業となり、静かすぎる年末年始が続いている。昨年の大雪でリフト原動機械室は潰れ、雪の無い時期にはおびただしい葛が絡み付き、まさに廃墟化していた。このような、元スキー場跡というのは各地に点在し、中には一九六○年代の機種も遺跡のように残っているところもある。回りは杉の植林地となり、その珍しい形骸に古き佳き時代をみるのだ。私の住む、近くの慣れ親しんだスキー場は、初営業から四十年で幕を閉じた。このように何かが始まればやがて終わりに向かうのである。終わりというのは実に呆気ない。
 なんだってそうだ。たとえば詩作においても、私は終わったと思うようになった。甚だやる気も失せ、長いものが書けない。文章を書くという喜びも極めて薄れている。そもそも自分の詩は果たして詩であるのかどうなのかすらわからない。結局は、生焼けのまま表に出す。とりあえず書いてみようというスタンスからは良い詩は生まれないのはわかりきっている。ある時、稲妻のような詩句が脳髄を突き刺すのかも知れない。だからやたらに書いてはいけない。五体不満足な作品を晒してはならぬ。自分への戒めである。なんだか、そんな事を薄々感じている年末である。書くしかない。書かざるを得ない、という状況が出現するのを客観的に見てみたい。つまり、詩に関してはあまり労力を使いたくはないと言いうことになろうか。詩を論ずることがもはや時代遅れになりつつあるような気がしている。
 私にとっての詩はまさに苦行の時代の一ページだったし、ギリギリのところで縋り付くように文字を書き殴っていたころだった。アル症一歩手前という状況下で書いていた頃であった。今では家業はじり貧となってはいるものの、現実逃避をするしかなかった苦しい時代からは幾分余裕がある。私の詩は負を燃料としていたし、ネガティブな地の底から湧き出るようなイメージがないと書けない。だがまぁ、そんな部分から一歩突き出たところから新たなる文体は生まれるものなのかもしれない。そもそも概念自体が間違っていたという気すらする。
 終わりがあれが次の始まりが訪れるのは世の常だが、老化を止めることができないのは無念だ。


散文(批評随筆小説等) 無題 Copyright 山人 2025-12-31 04:48:19
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