ここに残したものは色褪せることは無い
ホロウ・シカエルボク
臓腑は嵐の海のようにうねり、俺は肉体の内にあるものを洗いざらい吐き出す、吐瀉物の中にその日形になろうとしているものたちが蚯蚓のようにのたうっている、そいつらを拾い上げ、きちがいのように生まれたばかりの旋律をなぞりながら蚯蚓たちは文字となってラップトップの中で永遠の命を得る、それが誰に見られようと見られまいと知るもんか、穴を掘るのが宿命の男は穴を掘り続けるだけだろ、旋律はうねる、重油をぶちまけたみたいに、重油の海で泳いだことがあるか、思えば俺の人生はずっとそういうものだったよ、境遇とかそういうことじゃない、普通の、まあ少し俗な家庭で生まれた普通の暮らしだったよ、でもそういうことじゃない、俺はずっとその中をどうやって泳げばいいかってそればかりを考えて生きて来たんだ、油断していると鼻や口を塞がれてお終いだ、後ろからナイフを突きつけられて急かされているみたいな気分だった、けれど必死で腕を動かして、休めるような陸地はないかと辺りに目を凝らしているうちに、少しずつ色々なものを見つけて自分のものにしていった、他の連中は何をしていたのかって?どこか安全な場所で俺を見下ろして笑っていたのを何度か目にしたよ、だけどたいして気にもならなかった、彼らには何も手に入れることが出来ないって俺にはなんとなく分かっていたからさ…そうしているうちこれは必要なことなんだって思うようになった、ここを泳ぎ切ることがきっとどこかに辿り着くために必要なんだって、もうどうしたって無理だって思ったこともそう、二、三回はあった、でも何故かそのまま沈む気にはなれなかった、しかたが無いから泳ぎ続けたよ、その頃には俺自身、これは何かを手に入れたいんじゃなくて終わりたくないだけなんじゃないかって思っていたんだ、終わりたくないってことはまだどこかで始めようとしているってことさ、それに気づいてからはとにかく泳いでいようと思ったんだ、変に考えることなく動くものとして動いていようとね、そうしたら随分スムーズに動くようになった、考えることは必要だけれど、ある一定のラインを越えたらそれ以上考える必要は無い、それ以上考えることは動くことの邪魔になる、少なくとも俺は人生でそういう学びを得た、初めは考えることが主体になる、インプットやアウトプットを懸命にやらないといけないと思ってしまう、そしてムキになってそれを繰り返す、全力で動き続けているとやがて息が切れる、するといままで出来ていたはずのことが出来なくなってしまう、やり尽くしたと感じてしまう、そこで止めてしまうやつが沢山居る、でもそれは間違ってる、最初に無駄なものを出し切っておかないと、自分が本当にやろうとしていることがなんなのか分からなくなってしまう、勢いのみで突っ走る時間というのはその為の時間なのだ、いわば下ごしらえだ、必要な具材だけを使うために、要らない部位をカットして捨てていくのだ、そんな時期に生み出されたものを情熱だの若さの特権だのと言って持ち上げる連中が居るけれど、そんなのは勢いに誤魔化されているだけのことなのさ、とはいえ満更ゴミってわけでもない、なんらかのエネルギーが内包されているのは確かだよ、でもそんなもの十年も経てば、当の本人には恥ずかしくて堪らないものに見えるだろうさ、若さは特権じゃない、それはどんな才能においても、好きなだけ恥をかくための時間なのさ、その時間に安っぽいものをすべて出し尽くしてしまえなければ一生引き摺ることになる、いわばガス抜き、取捨選択というやつだ、とりあえず頭の中にあるものを全部出してみてそこからもう一度始めて見るわけだ…そこからの時間が本当にしんどいものになる、あの勢いはどこに行ってしまったんだと自問自答を繰り返す日々だ、ほんのひと時の幻だったのか、世界のすべてを掌握したかのように思えたあの瞬間はもう二度とやって来ないのか?そう、賢明なる読者諸君にはもうお分かりだろう、こいつは自分が何を書いているかなんて少しも気にしちゃいない、どうしてあんな風に書くことが出来ないのだろうと、自分のコンディション、あるいはテンションのことばかり気にしている、考えてもみて欲しい、勢いだけで月に何百枚も書くような真似を何年も続けることが出来たらそいつはきっと早死にするだろうさ、死にたくないから始めたことのせいで死んじまうわけだ、やり方を変えてみる必要があるんだ、同じやり方にこだわる人間ほど諦めてしまう、表現者にとって一番大事なことは何だと思う?―生き残ることだよ、一日でも長く生き残って、ひとつでも多く作品を残すことだ、その為には書きたいときだけ書くような真似をしていてはいけない、書きたくない時でも、書きたくない文章でも書いてみることさ、出し切った後は手数を増やすんだ、そうしていろいろなことを試したらまた取捨選択の時間さ、そうして手元に残ったものがようやくスタイルというものになる、そうするとやっと微調整が出来るようになる、そこまで来るとあからさまに様相を変える必要など無い、同じことでいい、同じことをもっと上手く出来るようになるにはどうすればいいか考えればいい、分かるだろう、やることは無限にある、うかうか死んでる暇なんかないんだよ。