濃緑のドア
佐々宝砂

今の状況を冷静に考えてみよう。LEDが明るい白壁の部屋。家具はない。窓もない。恐ろしいことにはドアもない。唯一の出入口は床にぽっかり開いた暗い穴だ。穴から半身乗り出している人は、あれは人なのだろうか、人だとすれば私がまるで知らないタイプだ。全身水色の人など私は見たことがない。

水色の人は穴から這い出た。人間ならよっこらしょとか言うのだと思うが何も言わない。全身水色なだけでなく光り輝いているので服を着ているかどうかも定かではない。ヒトのかたちをしているのは確かで、ヒトのかたちをした指で私を指し、自分を指差し、次いで、何もない白壁を指差す。私は頷く。

水色の人は壁を指した指を下ろさず、優雅な動きで虚空に私の知らぬ文字を描く。真っ白だった壁に濃緑のドアが浮かび上がってくる。私は立ち上がる。歩き疲れたわけでもないのに膝が笑う。手を差し伸べる。指が震える。水色の人は目も鼻も口もない顔をこちらに向けて頷く。

水色の人はドアノブを左手で握り、私の左手を右手で握る。陶器が落ちて割れる音がしてドアが開く。すみれ色の光がこぼれてくる。どこかに行ける、ここではないどこかに行ける、ドアの向こう、経験したことのない歓喜が湧き上がる。私はこの人に惹かれている。


散文(批評随筆小説等) 濃緑のドア Copyright 佐々宝砂 2025-12-04 17:41:29
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