熊(ツキノワグマ)について
山人
熊が人を襲ったり、飼い犬を襲って食ったりしているという。もう何代にもわたり、人里近くを寝じろにしている熊が増えているという説もあるようだ。しかし、本当のところはよくわかっていないようである。もはや以前のように温厚で気弱な動物というレッテルは剝がされ、凶悪な猛獣扱いされている。
熊はとにかく強靭だ。鋭利な爪を持ち、木登りは得意で、走っては人間の比ではない。残雪期は人が数時間かかって登るところをわずか一〇分ほどで登ってしまう。また、ちょっとした崖から滑落しても、ゴムまりのような体躯と分厚い皮下脂肪でほぼ無傷である。そして針のように太い体毛が皮膚をさらに保護している。
山のドングリ(堅果類)が凶作だった、ブナの実が生らなかった、などの説が一般的だが、何もそればかりを食っているわけではない。冬眠から覚めた熊はとりあえず水芭蕉を食い、ずっと腹に有った糞便を排泄する。早めに解けたブナの木の根元の昨年の実を食べ、若葉や新芽を食う。タムシバ(こぶしの仲間)の薫り高い花を食し、雪が消えると山菜を食う。山菜採りや釣り人が熊に出くわすのは山菜の多い沢筋である。そしてこの頃には交尾の季節らしく熊に遭遇しやすい時期となるようだ。
わが山村ではその昔、熊は実に珍しい動物だったようである。熊狩りをしても年に一頭かそこらしか捕れなかったと聞く。つまり、山には人間のテリトリーが多くを占めていたのである。山を開墾し田や畑を作り、なかには山奥に隠し田を持つ者もおり、山では薪や炭のために木を伐っていた。特に炭焼きは、一か所木を切ると別な場所へと窯をつくりながら移動する。昔は多くの男達は炭焼きをし炭焼き銀座のような山道があちこち有った。そんな人気のある所に熊は出現せず、かなりの奥地へと押しやられ、生活していたのであろう。よって、熊の数は一定数以上多くならず、里に出る熊もいなかったのである。
高度成長期来、燃料は薪から化石燃料となり、炭焼きをやる人も失せた。加えて外国産パルプや用材は国産の三割の価格で取引され林業も廃れた。徐々に山に人が入らなくなった。おそらく一番ダメージがあったのは熊などの野生動物であろう。人が炭焼きなどで木を伐ることで、木々は新たに萌芽したり新芽を出して天然更新を図る。伐られた森は陽性木本が生え、その表面をマント群落が覆う。このマント群落というのは蔓植物のヤマブドウ、アケビ、山芋、サルナシ、マタタビなどである。これらは人手が入るからこそどんどん新芽を出して果実を実らせるのだ。しかし、人手が入らなくなるとこういった蔓植物は失せる。ドングリにしても然りだ。ドングリの木すなわちミズナラが大木になりすぎて、カシノナガキクイムシによってナラ菌が運ばれ、導管を閉塞、そして枯死する。これは炭焼きなどでミズナラを伐らなくなったせいとされる。若く樹勢があるミズナラは病気を寄せ付けないのだ。ミズナラは伐っても伐っても新しく萌芽する本来強靭な樹種なのである。
そもそも、なぜ木々や植物は花や実をつけるかということだが、それは繁殖したいと願う気持ちが強いからに他ならない。木が太り高木になれば、蔓植物も這い上がれないし実を着けるまに至らず自然に淘汰されるのである。
耕作放棄地にしても長年作っていた田畑が熊の緩衝材となっていたのだが、それが無くなり熊たちはダイレクトに里に出るようになったのであろう。
もう一つの問題として言われるのが猟人の高齢化である。猟銃は凶器である、このような事件が過去にあった。これらの時間から公安の取り締まりはきつくなった。私も三十年ほど猟銃を所持していたが、次第に法律は厳しくなった。銃を持ったばかりの時ですらも素行調査(借金の程度・ギャンブル・アルコールの多少)や家族仲はどうかなどしち面倒くさいものだった。事件が起こるたびに、警察署が直々に家庭内を訪問し、銃の保管状態や装弾庫の検査がおこなわれ、その他、警察署に直々に猟銃を持ち込んでの検査がを受ける必要があった。さらに実猟をするためには保健所の狩猟免許、公安委員会の銃所持許可免許が必要とされ、それぞれ数年に一回に更新料と講習会を受ける必要があった。さらに猟期前には年間登録料や装弾料が徴収され、射撃教習も強制的に受講しなければならなくなったのである。そして一番悲しいのは猟期が著しく短いことである。十一月十五日から二月十五日までという短期間であり、条件の良い猟の日は数えるほどしかないというのが現状だった。さらに、猟に出た日の装弾の消費量の管理と獲物の有無、または捕獲数の報告書などなど。猟銃一丁が数十万円、そして装弾料が数万円、年間登録料も数万円(狩猟免許と銃所持許可免許更新料もそれぞれ数万円づつかかる)、射撃練習も少ない人で五万円前後。といったふうに、新たに猟銃を持つ人もいなくなるのが現実だ。そこまでして頑張っている人に熊駆除に一万円にもならない日当だとか・・・まったくあきれる限りだ。
防衛費のわずか一部を山林整備費に回したらどうだろうか?それが一番効率的ではないかと私は勝手ながら思っている。あくまでも持論に過ぎないが。