私の創作活動について
リリー
滋賀県に在住している私は、機会あって近江詩人会という団体が
毎月発行している詩誌「詩人学校」へ作品を発表しています。
最初のうちは、他の人達の難解な作品も含めた詩作経験の違いに
戸惑い、完成度の高い作品へとらわれてしまいました。未熟者なり
にも読んでいただいて恥ずかしくない原稿を仕上げなければ……と、
自分の書きたいものも分かりませんでした。
詩人会では、月一回の合評会があります。そこに先生がいるわけ
ではありません。「詩人学校」の詩誌をテキストにして参加者が、
載せられた作品へ自由に感想を述べ合うのです。
参加二年目になる頃から、自分としてはあまり自信の持てない作
品を選んで「詩人学校」へ発表するようになりました。その方が、
勉強になるからです。作品へは、全体によく書けているなどの感想
を貰うよりも。具体的に、この表現は良いけれども、ここの部分は
もっと言葉があるはずだ!など率直に指摘してもらった方が嬉しい。
「詩人学校」が、習作発表の場である事に気付いてから。自分で
は推敲を重ねた上で、悩んでいる生煮えな原稿を堂々と発表するよ
うになリました。
もちろん詩的表現の言葉の選択では感覚的相違などの厳しい批判
を受けることもあります。そこは目上の方の意見として、耳に半分
程とどめておきます。いちいち凹んでいられません。
大切なことは、やはり書きたいと思うことを恥ずかしがらずに書
いてみる。上手く書こうとせずに、先ず書いてみる事で成長の可能
性もあると思うのです。
だから「詩人学校」九〇五号の十二月号には「深海のイカ」とい
う作品を発表する事にしました。
深海のイカ
クローゼットの衣替えをした日
姿見鏡に白い波浪の海原が
初冬をちらす
気づけば私はうなぞこへ沈み込む
ちいさなイカだった
あり余って弛んだ肉を
なんとか下着にうまく収めても
おもくまとわりつく
錆びたラブハンドルで
去年の冬物衣類がどれも似合わない
猛暑の夕刻、気のむくままに
立ち寄った行きつけの提灯
甘いお酒でからだを冷やし
食べたいものだけ口にする
一人暮らしのどろ深さ
ちっとも身体の声を
聞き取れないでいたけれど
鏡のうみ、深海サンゴ礁のかげで
あすのひと日の
血をたぎらせるイカの意思
履けなくなった
ズボンやスカートの上をとびこえ
一皮剥けたことにして
はるには沿岸の浅場で
春イカに混じって泳いでみよう
この作品は、現在の私のナマの声を詩にしてみました。最終連で
は、下膨れなイカの開き直った心情をポジティブに表現しようとし
たのですけれど。合評会で、きっと「もっと言葉があるはずだ」と
言われることを予測しています。
今年も一ヶ月をのこすだけとなり、来年また自分はどんな詩を書
くだろうと楽しみでもあります。マイペースで粘り強く学んでいき
たいです。