大人になってからも
幼子が小さな水たまりをみつけて
いっさんに駆けていき
ズボンが濡れるのもかまわず
チャプチャプ踊りだす姿を見て
うらやましく思っていた。
この羨望はどこからくるのだろう。
地表の小さな凸凹にたまった
泥水さえも
人が年月をかけて手に入れた
自然からの
贈り物である。
陽の影が
童話の国の魔法使いのように
長くのびる午後、
気がつくと
舗道に敷きつめられた
枯れ葉の絨毯を
煎餅を踏むように
パリパリと小さな音を立てて
歩んでいた。
細かく割れていく音が
耳朶に心地ちよく
樹木はいつも見返りを求めず
眼と耳を
楽しませてくれた。
春には花を吹雪いて季節の始まりを告げ
夏には深い木陰が陽をさえぎり
秋には紅葉が鮮やかに別れを語った。
冬の始まりの前に
踏みしめる枯れ葉の音が
ひとつひとつ煎餅を割るように
年を埋葬する。
その音の 深淵で 軽くて
あと腐れのない響きは
浅草のおばあちゃんが店先で焼いた
江戸前煎餅の
ぱりぱりのようであった。
ふと お茶を飲みたくなる。
土に還り
次の季節に捧げられる暦の循環の一章。
宇宙は見返りなんて求めない。
わたしに踏まれた
枯れ葉が
風に吹かれてわたしの頭上を未来へと
追い越していった。
※唐草フウさんの詩
「おちば」
https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=393801
に感銘を受けてインスパイアされたエセー詩です。
※暦煎餅
東京の老舗「松﨑煎餅(まつざきせんべい)」の代表
的な商品「大江戸松﨑暦(おおえどまつざき こよみ)」