秋、帰る 蒼風薫
梅昆布茶2

その年の秋も、あちらこちらへ様々の波紋を投げ掛けながら冬へと育っていった。

東京のような雑多なるつぼにあっても例外ではなかった。

かの都会の片隅、聞こえよく庶民の人情が息づいているなどと言われている下町ではあるけれど、実際のところ住民課からは大いに疑問の寄せられる、そんな廃れた街に一人の少女が暮らしていた。

切ない半木造アパートの1階の一番北向き、夏には涼風涼風が避けて通り、冬には木枯らしの格好の標的、そんな部屋である。

秋は乳離れをしないままに捨てられた子猫のように少女に付き纏って、日々自分があるということを色彩でも匂いでも音によるデモ主張をやめなかった。


『んっぜ、そんなに君、私の前に?』
少女が思い切って尋ねてみれば、
「クスクスくす・・・』
親絵思った、けれど姿のみえない気配だけで答える

実は少女は、この秋は嫌いだった。なぜならクリスマスは迎えられない命を生きている
大切な人が言ったからである。二人にとってこの秋は宣告で始まり、一つのおしまいによって閉じられるということが
神の采配で決まっていた。

少女の涙はとうに枯れ果てていた。

嫌いと言いつつも淋しさゆえか、秋とは、いつのまにか双方の気が向くとお茶会を開くような仲となっていた

秋の大好物は甘い、甘いミルクティーである。ちょっと女性的な?それともお酒は飲めないのかしら・・・。

つかみどころのない


『くすくす』
傍からすれば、少女は気が違っていて独り言を言うような何かの病なのでは、そんな連想につながるような様子が頻繁に見られた。

そう、その秋は男性であった。少女にいつ求婚してもおかしくない、それほどに
明けても暮れても少女、少女なのであった。

いっそこのまま自分の故郷まで少女を連れて駆け落ちエをしたい、秋の本心はそうであった。

彼は自分の領分と言える短い時間をわきまえて、ひっそりと涙ぐんだ。彼もまた、切なかったのである。

銀杏がほぼ黄金色に移ろい終わりそろそろ衣を電飾と取り替えたそうにモジモジしている。

秋はこの日風となって街を歩いていた。いよいよ困り詰めて、少し頭を冷やそうかと荒川の土手にやってきた

自分は少女の大切な人の死神の役を神さまからいただいている、というのが真相なのである。

しかし、すっかり憔悴しきっている、彼に唯一の女性にとってのかけがえのない命を、と思えば意気消沈しするのも当然だろう。

おまけに神戸の約束を果たすために許された時間は情け容赦なく過ぎ去ってゆく。

『つまり、はっきりとさせなければ』
秋は思った。
自分は一人の少女の平凡な慎ましい幸せを奪って神様に届けるお使いであるということである。いついつも

仰せつかって嫌な役割である。

それでも秋は帰らなくてはならないし、とても帰りたかった。天のお国が里である。

いよいよ催促の雨がふりしきり始め、時が待ってはくれないことを秋はひしひしと感じ取っていた。
いつもの荒川の土手で秋は悩んだ挙句に結論に至った。つまらない自分がいっそ身投げしてしまおうと、そう決めてみたのだ

次に生きる望みはもういいだろう。抱かなくても構わないと
少女が久しぶりの明るさを浮かべて部屋で電話の受話器を抱えていた

『お父さんが・・・それ本当ですか』
『本当にそんなことが・・・』

それだけ確かめたのち秋は姿を消した

移ろい終わったのである。生まれたばかりの季節の訪れの頃に、海は秋を飲み込んだ

秋は海へ帰っていった。天のお国ではなかったその秋は二度と再生することなく

新しく回ってきた冬、は天が再びお腹を痛めた子供である。

帰った季節は甘いミルクティーの夢を見ながら、自分の時間としての終わりと引き換えに
再びの庶民としての安らぎを得ることのできた少女に、最後の恋をしていたのだった



秋は真実帰っていった






自由詩 秋、帰る 蒼風薫 Copyright 梅昆布茶2 2025-10-16 12:55:11
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