悴んだ
森 真察人
巨きな人体の
頭がこの地に
脚が 少女の碧眼のような
空にあり
遠い月から 無数の
羅針盤と目玉とが降ってくる
羅針盤の磁針も 目玉の瞳も
出鱈目な向きをして
この霜地に幾重にも折り重なるものだから
僕はいったい どこへ向かえば良いのか
とんと判らなくなるのだが ただ
かの人体の顔の傍で
月光に照らされさざめく北の森が
悴んだ手足の僕には丁度良く思われた
*
こんなに空気が乾いているのだ
梢同士が擦れて 発火してしまえば良いのに
月の形に欠けた木洩れ日が
この霜地を淡く照らすのみだった
折角 足をも悴ませて這入ってきた
この森だというに
木々はこの寒さから僕を守らない
西を向くと かの巨体の顔がよく見えて
おお それはかの少女だった……
この巨きな少女は
その巨躯に合わせてあつらえられた逆さの十字架に
はりつけられているのだが
しかし両の眼を確と見開き
この森を見ているのだった
この空と同じ碧色の眼を確と見開き……
やがて少女は
打たれた釘に両の手の甲をねばつかせながら
上空へと倒れはじめた
そのことは少女にとり
救済でないと僕には思われた
なんとなれば僕は少女の肌が
骨のように白い今日のような日を
かつて少女と送ったことがないのだ
僕は傷ひとつない牛や羊を
丁寧に屠り 月の下で焼いた
暖を取るためでない
少女の分まであがなうためだ
それにこの悴みが単に
らい病であることには気がついていた
月を抱くようにゆっくりと
倒れゆく少女の白い髪に
煙は届き
やがて大粒の水滴が
降ってきて
この牛や羊の燔祭の炎を消した
煙が少女の眼に染みて
巨きな泪を流させたのに違いなかった
*
僕は場所をすこし変えて
また牛や羊を焼きはじめる
そうしてまた巨きな泪によって
燔祭が鎮火される度に
僕は場所を変え牛や羊を焼くのだった
この僕の全身が
白く朽ち果てるまで……