公開日記感覚で詩を書いてる。
りつ
私にとって、詩を書いて表に晒す。この「晒す」までが詩を書くと言う行為なのだが、
なぜ「晒す」ことが必要なのかと言えば、
「そこで初めて編集者目線にチェンジできるから」
としか、言いようがない。
99%、即興詩だ。
寝かすことは、ほぼ無いし、読み返すことも、ほとんど無い。
ここが「日記」感覚なのだ。
駄作も良作も、その時の自分が感じていたこと。
駄作を晒す恥ずかしさもなければ、
駄作を良作にブラッシュアップしようと言う感覚もない。
「日記」を手直しして上書きするよりは、また新しいものを書く。
たぶんこれは、「表現者は完璧を目指す」という姿勢には反するものなのだろうが、
数百も駄作を書くと、
たまに「あ!これ、いいじゃん」というものが混じるのだ。
物事、ジェットコースターが好きな私にとって、
これはとても興奮するものであり、
自分の気質にとても合っている。
もうちょっと精力が衰えたら、
良作を生み出す確率を上げていくのだろうが、
やっぱりしばらくは、こんな感じかな?と思う。