飛び散れ葡萄色

ここは箱庭、葡萄色えびいろ地獄、
むわっと暑く、空気も葡萄色、味はない。
残念ですね、空気じゃ腹は膨れない。

煮えたぎる土鍋は、
カセットコンロに鎮座して、
ぐつぐつぐつぐつ黄昏れて、
母は恭しく入れた、黒っぽい、犬、
その鼻面、の、恍惚たる、
おいしさ。
とろける鼻面――鮭の鼻よりも旨いかも?

ぐつぐつぐつぐつ。

微睡みを味わうようにふるえる睫毛、
今の今まで駆け回っていたんだ、わんわん。
――何故?
ぐつぐつぐつぐつ。

今の今まで駆け回っていたんだ、
――これは、
ぐつぐつぐつぐつ。
――食べる用ではなかったでしょう?!



……まだ。


ぐつぐつぐつぐつ――火が強い。



ぐつぐつぐつぐつ。
生きているから病院へ、
急いで、わんわん、
鍋に入れたことは許さないけれど、
まだ間に合うから、
ワインの仕込みのような鼻面治してあげてよ。

「あんたの姪っ子がやったってことにしたから……ちゃんと合わせてよね」

ぐつぐつぐつぐつ、
母は言った。
ぐつぐつぐつぐつ、
父はハリボテになっている。
ぐつぐつぐつぐつ、
私 は、
    嘘、を
       つ き  た、く ない。
ぐつぐつぐつぐつ。


仄赤い、湯気
、が 邪魔 だ、ナァ……?
よく見ーえーなーいーよーぉ……わんわん♪

犬は土鍋に寛いで、
陰った葡萄色、黒い爪。

潰れた葡萄ぶどうに情けをかけます。
ぐつぐつぐつぐつ。
飼い主様だよ。
ぐつぐつぐつぐつ。

ほら、土鍋の縁に、ふんっ、
詰まらないって鼻息ひとつ、

鼻はあるかい?
空耳ですかい?

ぐつぐつぐつぐつ。

ああ、ごめん、熱くて抱っこできないや。

ぐつぐつぐつぐつ。

私に姪はいない、はずだった。

ぐつぐつぐつぐつ。

味のない、葡萄色えびいろそよ風、吸い込んだ、
犬の鼻面、とろける旨さ。

ぐつぐつぐつぐつ。

味はない。


自由詩 飛び散れ葡萄色 Copyright  2025-09-11 22:31:12
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