裏宿
たもつ
夕刻、私の大切な床屋の店主が
営業を終えて鋏を研いでいる
今日は裏宿の常連が
髭を当てに来ただけだった
それでも夕陽の中
長年の日課として鋏を研ぐ
この夏最後の蝉が鳴き止み
ふと店主が鋏を落とす
他には何も存在していない店内に
乾いた音が響きわたる
すべてが私の耳の中の記憶
ずっと繰り返される記憶
店主が鋏を拾いながら何かを呟く
そしていつものように
何を呟いているのか
聞き取ることができない
自由詩
裏宿
Copyright
たもつ
2025-09-08 06:58:06